第80話 1027年 ファレーズ城・大広間


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 1027年 ファレーズ城・大広間


 夜も更(ふ)けた頃、『領主の館(メヌア)』の大広間に、貴族、騎士、司教など、この街の8人の有力者が集められていた。
 並べられた3つのテーブルに着座した彼らは、ヒソヒソと小声で談笑している。テーブルには4つの燭台(しょくだい)が置かれていた。その蝋燭(ろうそく)の明かりは、彼らの上半身を浮かび上がらせてはいたが、広間全体を照らし出すには不十分であった。
 彼らを集めたのは、ピエトロである。
 彼はゴルティエから、敵が明日夜明けとともに襲撃してくるとの報告を受けた。その敵に対して、自分達がどう対応するのか―――防戦か、討(う)って出るのか、はたまた街から逃げ出すのか、決めかねていたのである。
 今回のような襲撃の場合、戦術的には―――城内に立て籠(こ)もり、敵の攻撃をかわしながら、味方の救援を待つという策が定石(じょうせき)であろう。
 だがそもそも、ヴェネツィア商人ロレンツォの傭兵であるピエトロ達に、この街を守ってやる義理はないのだ。彼らにとってファレーズの街は何の関係もない場所なのである。一宿一飯の恩義はあっても、自(みずか)らの命を賭けてまで戦う理由はなかった。
 そして、彼らだけならば、敵の包囲網をかいくぐって、この街から脱出する事もそう難しい事ではない。
 そこで、ピエトロは街の有力者達の意見を聞こうと考えた。彼らがどう考えているかによって、自分達の身の振り方を決めようと思っていたのである。

 この席に招かれた彼らも、敵の情勢や今後の動向に大いに関心があった。それは自分のみならず、家族の生死をも左右するからである。
 彼らは皆、年老いていた。
 8人の有力者の内、貴族は2人。ファレーズ近郊に領地を持つ子爵であった。
 騎士は3人いた。ただし、この5人はロベール伯爵の直接の家臣というわけではない。
 彼らが何者で、どうしてこの街にいるのか―――ピエトロにはよく判らなかった。おそらく、領主であるロベール伯爵でさえも、正確には知らなかったと思われる。
 ロベールは昨年の春、兄リシャール3世がノルマンディー公爵を継承した事にともなって、ファレーズの領主となったばかりであった。この子爵達は、それよりもずっと以前からこの街に住んでいるのだ。
 おそらくは、先々代のリシャール1世無怖公(むふこう)か、さらにその前のギヨーム1世長剣公(ちょうけんこう)あたりから爵位を授(さず)けられたのであろう。
 だが、今となっては、そのいきさつも聞けなかった。
 さらに、彼らは高齢を理由に、ロベールの政治・行政に参加する事もなかった。
 彼らは『領主の館(メヌア)』での宴会に呼ばれるだけの存在―――街の豪商達となんら変わりはないのだ。
 今回、彼らとともに入城したその家族は、妻と子のみならず、孫や曾孫(ひまご)までいたが、全員が女、子供であった。
 青年や壮年となった男子は、領主代理として一族の荘園管理をしたり、騎士となるための修行に出たり、すでに騎士となってロベール伯に仕えていたりした。
 つまり、彼らの中には、戦闘要員になり得る者が1人としていなかったのである。

 ゴルティエは、そんな年老いた街の重鎮達を前にして、自分が見聞きした下町の様子や、フィリッポが敵兵から聞き出した情報などを彼らに報告していた。
「という事で‥ 敵は明日の朝、夜明けとともにこの街を総攻撃するそうです。 これは脅しではないと思われます 」
 かつては、目を合わせる事さえ許されなかった貴族達と、今日は話をしているのである。ゴルティエはある種の感慨(かんがい)深さを感じていた。
「さてさて‥ それはどうしたもんかのォ‥? 」
 老人達はしばらく、隣同士で話し合っていた。
 そのささめきを破って、1人の貴族がピエトロに声を掛けた。70歳を超えたジェローム子爵である。
「それで‥ 我々はどうすればよいのじゃ? 」
 その場の全員がピエトロに目を向ける。
 ジェロームは言葉を続けた。
「わたしはこの歳じゃ。 もう、いつ死んでもかまわない。 まあ、痛いのや苦しいのは嫌じゃから、その時は毒でも呷(あお)らせてもらうがね 」
 それがいい―――と広間に小さな笑いが起きた。
「じゃが、嫁や孫達の事を考えると‥ 彼らは何としても生かしてやりたい 」
 ジェロームはピエトロを見詰め、もう一度尋(たず)ねた。
「となると、‥ 我々はどうすればいい? 教えてくれ 」
 朝から街に火を放たれ、大量の人々が殺されていた。そして、いまだに街全体が敵に包囲されているのである。
 普通なら危機感を感じ、恐怖におののいていても不思議ではない状況であった。
 だが、老人達の態度には余裕が感じられた。彼らは、よほど剛胆(ごうたん)なのか‥ あるいは、自分達は殺されないとタカをくくっているのか―――ピエトロには、彼らの心中が読み切れなかった。

 ジェロームの問いに、彼は穏(おだ)やかな声で答えた。
「跳(は)ね橋を完全に上げ、城門を固く閉(と)ざして、この『領主の館(メヌア)』に籠城(ろうじょう)すれば三日前後は持つでしょう。 その間に、ロベール伯爵様がお戻りになるのを待つしかありません 」
 ピエトロは一同を見回して言った。
「とはいえ、その三日間はけっして楽ではありませんぞ。 敵は次々と攻撃を仕掛けてくるでしょう。 中庭には雨のように大量の弓矢が降り注(そそ)ぐに違いありません。 だからといって、避難された皆様全員を、建物の中に入れる事は不可能ですから‥ 多くの方々がお亡くなりになると思います。 さらに、雨や雪が降れば、屋外で凍(こご)える事にもなりましょう。 食料は明日中にすべての備蓄がなくなります。 残りの二日間は水だけですごさなければなりません 」
 老騎士であるダミアンが問うた。
「もし、3日以内にロベール伯爵がお戻りにならなければ―――? 」
「先ほどわたしは3日間と申し上げましたが‥ 早ければ2日目の夜―――遅くとも4日目の朝までに、この城は陥落(かんらく)いたします。 そして、もしそうなった時には、皆様にもご覚悟をしていただく必要があるでしょう 」
 その見積もりは、ピエトロの長年の経験から弾き出されたものであった。だが彼は、街の重鎮達がそれにどう反応するかを観察するため、ことさらに事務的な口調で告げた。
 途端に、一同の顔から薄笑いが消える。広間は水を打ったように静まり返ったのだ。
 やがて、毛織物商であるオリヴィエが、大きく息を吸った後に言葉を吐き出した。彼はこの街で2番目の金持ちである。
「そ‥ それは‥ 我々が殺されるという意味かね‥!? 」
「そうです。 わたくし達だけでは、敵を追い払う事は絶対にできません。 結果的にそうなるでしょう 」
「だ‥ だったら、ここは敵と話し合いをするべきじゃないのか? 降伏するという方法だってある 」
 『降伏』という言葉に、ゴルティエが苛立った顔を向けた。
「おいおい、オッサン‥ 降伏するも何も―――領主である伯爵様の許可がなけりゃ、勝手な事はできないんだぜ 」
 若いゴルティエに意見されたオリヴィエは、ムキになって言い返した。
「じゃあ、どうするんだ? 戦うのか? あんな奴らを相手に、どうやって戦おうって言うんだ? まったく‥ 若い奴らは、血の気が多くていかん。 冷静になって、もう少し頭を使え! 」
「ケッ! 臆病風に吹かれてるじいさま達よりは、マシだと思うけどな‥! 」
「な‥ なにおう!? 」
 ゴルティエとオリヴィエは激しく睨み合った。
 オリヴィエはゴルティエの父フルベールが大嫌いなのだ。
 なぜなら、革なめし職人であるフルベールこそが、この街1番の大金持ちだったからである。オリヴィエはそれが許せなかった。
 悪臭を放つ身分卑しき職人であるのに‥ 主(しゅ)イエスの教えに背(そむ)く強欲な金貸しのクセをして―――各地で手広く商いを行(おこな)う自分よりも金持ちなのだ。それは彼にとって、耐(た)えがたい屈辱(くつじょく)であった。
 一方ゴルティエも、父よりずっと年上であるオリヴィエに対して、一歩も引こうとはしなかった。
 姉と母を殺され掛けた彼には、憎き敵に命乞いをするなんて、絶対にあり得なかった。いつも、どこか覚(さ)めたところのある彼が、今回ばかりは『奴ら全員、ブッ殺してやる』と息巻くほどである。それほどまでに、ゴルティエの怒りは大きかったのだ。
 そんな火花散る両者の間に、ピエトロが割って入る。
「まあまあまあまあ‥ 2人とも落ち着いて 」
 ピエトロは、その場の一同に冷静に告げた。
「たとえ、我々が『降伏』の白旗をあげたとしても‥ 敵がそれを受け入れる事は、おそらくないでしょう。 交渉の余地はないと思われます 」
「そ‥ そんな‥ 」
 老人達はざわめいた。
「それはなぜだ? 」
「どうしてそんな事がわかる? 」
「その理由は? 」
 彼らの矢継(やつ)ぎ早(ばや)の質問に、ピエトロは淡々とした口調で説明した。
「それは‥ 敵の目的が、金銭でもなければ、領地の奪取(だっしゅ)でもないからです。 ましてや、ロベール伯爵様のお命を狙っての事などでは、けっしてありません。 なぜなら、彼らは伯爵様がお留守の時にあわせて攻撃を仕掛けてきたからです 」
「‥‥‥ 」
「このノルマンディーにおいて‥ リシャール公爵様のご成婚を知らぬ者はありますまい。 そして、弟君であるロベール伯爵様が、その結婚式に出席する事ぐらい誰でも判る事。 つまり、敵はこのファレーズに、すべての交渉権、決定権を持つ領主がいない事を知った上で、攻めてきているのです。 裏を返せば、彼らが交渉する気など毛頭ないという事のあらわれだともいえるでしょう 」
 その見事な推理に誰もが反論できなかった。そして、そんなピエトロの解説はなおも続いた。
「だとすれば、奴らの目的は何なのか? あれだけの騎馬軍団によるこれほどの戦闘となれば、費用だけでも莫大に掛かるはず。 少々の略奪をしたからといって、とても見合うものではありません 」
 ピエトロはその場の人々に語り掛けながら、自分の頭の中を整理しているようだ。
 その時、ゴルティエが大きな声を上げた。
「そうか! 奴らの狙いは伯爵様を悲しませる事なんだ。 伯爵様を苦しめたいんですよ! 」
 ピエトロがゴルティエを鋭く指差した。
「それだ! だから、奴らは‥ わざわざ下町を燃やし、たくさんの人々を殺したんだ。 さらに、エルレヴァ殿とお腹(なか)の御子様(みこさま)まで誘拐しようとした 」
 眉間にシワを寄せたゴルティエがつぶやく。
「という事は、明日からの攻撃は―――この街全体を廃墟(はいきょ)にする事‥? ファレーズのすべてを消滅させようって事ですか? 」
 その言葉に、街の有力者達にも怯(おび)えが走った。
「バ‥ バカな‥! 」
「じゃあ‥ 奴らは‥ 我々を皆殺しにしようとしているのか―――? 」
「あ‥ あり得ないだろう! じょ‥ 冗談にもほどがあるぞ‥! 」
 やはりこの人達は、自分が殺される事など考えてもいなかったのだ。どれほど多くの庶民が死のうとも、貴族や金持ちである自分達だけは助かると信じていた―――ピエトロは、そう判断した。
 そして彼らに、自分達が置かれている状況をきちんと認識させようと考えた。
「敵は、この街によほど深い恨みがある者達か‥ あるいは、そのような者に命令された集団なのでしょう 」
 そこへゴルティエが口を挟んでくる。
「じゃあ‥ もし、奴らが姉ちゃんの誘拐に成功してたら―――身代金を受け取っても、返す気はなかったってコト!? 伯爵様を絶望させるために、姉ちゃんと赤ちゃんは殺されていた‥‥? 」
「うむ‥ おそらくはそうだろう‥! 」
「ね‥ 姉ちゃんの判断は正しかったんだ。 死ぬような思いをしてでも、隠れていて正解だったワケか‥‥ 」

 さらに何かを言おうとしたピエトロに、エイマール司教が確認をいれた。
「しかし‥ たとえ、敵の目的がそうだとしても‥ このままジッと城の中に閉じこもっていれば、我々は助かるんですよねェ? そうすれば大丈夫なのでしょう? 」
 ピエトロはため息とともに首を振った。
「それは何とも言えません。 この城が三日間もつという確証もありませんし‥ ロベール様達が、城の陥落前に到着するという事も絶対ではありませんから‥ 」
 一同の不安を払拭しようと、老騎士ルイが太鼓判を押した。
「それは、大丈夫じゃろう。 この街からルーアンまでは90マイル(=約135㎞。当時の1マイルは1.5㎞であった)ほど。 フィリッポ殿がこの街を出立されたのは今夕じゃが、そこから馬を飛ばせば、遅くとも明朝にはルーアンに到着しよう。 そして、報告を受けた伯爵様が昼前までにご出陣くだされば、明日の夕刻にはここへ戻ってこられるはずじゃ! 」
「な‥ なるほど‥! 」
 一同は顔を強張(こわば)らせながらも、なんとかそれを納得しようとした。そうしないと、恐怖がますます増幅しそうだったからである。ようやく彼らも、状況を理解しはじめたようであった。
 そうした不安定な総意だけに、それが壊れるのも簡単だった。騎士ヴィクトルのひと言が引き金となった。
「いやいや‥ 安心はできぬぞ。 フィリッポ氏だとて、伯爵様だとて、途中で何があるやも判らんのだからのう 」
 その言葉に、太った医師フランソワが同調した。
「そうだよ! そもそも、そのフィリッポさんとやらが、敵の厳重な包囲網をくぐり抜けて、この街から脱出できたかどうかさえ判らないじゃないか。 もし、彼が脱出に失敗していれば、伯爵様達が駆けつける事もないのだぞ 」
 老人達は何度目かの沈黙に陥(おちい)った。何を語っても、もはや彼らの中から不安を消す事はできないだろう。
 毛織物商のオリヴィエが混乱気味の声を上げた。
「だったら、この街を出よう! 逃げ出すんだ。 敵の総攻撃が始まる前に‥ 逃げ出す機会は今しかないんだぞ 」
 ジェローム子爵がそれに賛同する。
「うむ‥ 我々では、奴らと闘う事もできないし‥‥ むしろ、足手まといになるだけじゃ。 だったら、そんな者はこの街から出て行った方がいい。 それが1番じゃ! 」
 なるほど、それがいい、そうしよう、そうしよう―――と一同はすっかり逃げ出す方向に傾いてしまった。
「自分達だけ逃げ出すつもりかい? 」
「そんなにまでして助かりたいかなァ‥? 」
 ゴルティエもピエトロも、街の有力者達の身勝手な発言にあきれ返っていた。
 そしてピエトロもまた、この街を捨てる決意をした。ロベール伯爵には申し訳ないが、この街の住民が皆殺しにされる事はいたしかたない。それを決めたのは、この有力者達なのだから―――

「この街から逃げ出すなんて‥ そんな事ができるのでしょうか? 」
 暗闇の中から声がした。
え!? 」
 驚いた一同は声の方を振り返った。
 暗闇の中から近づいてきたのは、エルレヴァである。毛布にくるまれた彼女は、サミーラに支えられて歩いていた。
「だっておかしいじゃないですか。 皆さんがお逃げになる理由は、フィリッポさんが脱出に失敗しているかもしれないから―――て事ですよねェ!?。 傭兵のあの方が1人ででも抜けられない敵の包囲網を、皆さんは家族をお連れになって逃げ出せるとでもお思いですか? 」
「そ‥ それは‥‥ 」
 そんな単純な事に気づかなかった老人達は、言葉に詰まった。
 その時、静まり返った空気を破るように、オリヴィエが尖った声を上げた。
「これは、お前のような素人娘が口出しする事ではない! 」
 オリヴィエはフルベールの息子も嫌いだったが、この娘はもっと嫌いだった。彼女がお腹の子を産めば、準貴族となるからである。あの憎っくきフルベールが貴族の父親となるのだ。
「伯爵様のご寵愛(ちょうあい)を少々受けたからといって、大きな勘違いをしているようだが‥ お前ごときが、この話し合いの場に立ち入(い)る事は分不相応(ぶんふそうおう)である。 とっとと、この部屋から出て行くがいい 」
 ゴルティエから譲られた席に座ったエルレヴァは、冷たい目でオリヴィエを見詰めた。
「出て行かれるのはアナタの方ですよ。 どうぞこの部屋から―――いえ、この城から出て行ってください。 お止めはいたしません 」
「‥‥! 」
「ここは伯爵様のお住まいです。 そして、皆様はこの屋敷に匿(かくま)われている身なのです。 つまり、皆様方より、私のお腹にいる御子様(みこさま)の方がここに住む権利があるという事。 ならば、その御子様(みこさま)に代わってわたくしが命じましょう。 どうぞ、すぐにこの城からお立ち退(の)きください 」
「そ‥ そんな‥‥‥ 」
「その時は、運べるだけの財産をお持ちになった方がいいですわよ。 皆様方はこれから、ファレーズの反逆者となられるのです。 この街の屋敷はおろか、すべての財産―――領地も家畜も、種籾(たねもみ)にいたるまですべてを没収いたします。 あしからず♡ 」
 エルレヴァの尊大な物言いに、オリヴィエは悔しさのあまり、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
「きょ‥ きょ‥ 姉弟(きょうだい)そろって、ホントに忌々(いまいま)しい奴らじゃ‥ 」
 エイマール司教がエルレヴァに尋(たず)ねた。
「では、我々はどうすればよいのでしょう? 」
 エルレヴァはあっさりと言い放った。
「敵を倒せばよいのです! 皆殺しにしましょう 」
 あまりの驚きに、一同は言葉を失った。
 やがて、老騎士ダミアンが怒りの声を上げた。
何を言っとるんだ! そんな事ができるなら、端(はな)から苦労はせんわ! 」
 騎士ルイもそれにならった。
「まったくだ! この城でまともに戦えるのは7人の傭兵達だけ‥ あとは警備兵が20人とチンピラもどきの若造が10人。 残りは、我々老人と女子供しかおらん。 それに対して、相手は百人以上もおるのじゃぞ! 」
「‥‥‥ 」
「それだけの数になると、たとえ山賊でも勝てそうにないのに‥ 奴らは完全武装の兵士だ! そんな敵を相手に、『皆殺しにする』などと‥ 素人の妄想にしたってタチが悪い 」
 しばしの沈黙の後、エルレヴァが口を開いた。
「そうですね‥ まともに戦ったら、まず勝てっこないでしょう。 城から討って出ようものなら、一瞬で我々は全滅させられるに違いありません 」
 オリヴィエが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「フン! だから、言わんこっちゃない 」
 だが、エルレヴァは彼を無視して言葉を続けた。
「ならば、戦わなければいい! 」
はあ!? 」
 一同は戸惑っていた。目の前の小娘が何を言っているのか判らなかったからである。
「た‥ 戦わない? 」
「戦わないで、どうやって敵を殲滅(せんめつ)するというのか? 」
 エルレヴァは薄笑いを浮かべて一同に囁(ささや)きかけた。
焼き殺すんですよ! 敵が城内に侵入したら、逃げられないように門を閉じ、この街に火を放ちましょう。 奴ら全員を焼き殺すんです! 」
「あ‥ あああ‥ 」
 老人達は彼女の微笑(えみ)に震え上がった。
 蝋燭(ろうそく)の光に照らし出されたエルレヴァの顔が、悪魔のように見えたからである。