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1026年 ファレーズ・教会前広場
「レイモンの弟以外にも、行方不明になった子供はたくさんいます。 とくにこの一年ほどで急増したような気がするんです 」
そうゴルティエが語ると、教会前広場に集(つど)った『カラス団(コルブー)』達も、口々に自分の知っている行方不明の子供について、頼純に話し始めた。
「修道院で孤児仲間だった娘(こ)の子供が消えました。 アイツ、やっと幸せになれるって喜んでたのに‥‥ 」
「俺の従兄(いとこ)の子供もいなくなりました。 ダヴィドっていうんですけど‥ まだ5歳なのに‥‥ 一人っ子だったから、従兄(いとこ)夫婦は心配して毎日泣いているそうです 」
「隣村に嫁に行った姉ちゃんの子供が行方不明です。 うちの親も捜索を手伝いに行ったんですけど、ぜんぜん見つからなくて――― 」
「オイラが子分にしていたルネもいなくなっちゃった。 7歳です。 どこにいっちゃったのかなァ‥‥ 」
彼らの説明を聞いて、頼純は思った以上に事態は深刻だと感じていた。
そもそも、この時代には子供の行方不明など、世界中で日常茶飯事に起きている事であり、それ自体はさほど驚く事件ではない。
中国にいた頃などは、首都・開封府の裏路地へ入ると、天秤棒(てんびんぼう)を担(かつ)いだ男が、その両端にぶら下げた籠(かご)の中に赤ちゃんや幼い子供を入れて、堂々と売り歩いていた。
喰えなくなった子だくさんの貧農が口減らしのために、『良家への養子縁組みを探している』などと称している場合もあったが、たいていは誘拐された子供達であった。
子供達は農家の人手として買われる事が大半だが、娼婦(しょうふ)として育てられる少女、無理やり陰部を切り取られ、宦官(かんがん)にされる少年も少なくなかった。
しかし、十数人程度しかいない『カラス団(コルブー)』の中で、その関係者にこれだけの失踪者(しっそうしゃ)がいるという事は異常である。
もしこれが広域で発生しているのなら、とんでもない数の子供達が行方不明になっている事になる。
これは厄介(やっかい)な事件になるかもしれない―――そう、頼純が考えていると、薄笑いを残したゴルティエが報告を続けた。
「で、まあ‥ 俺達に関わり合いのある子供も多かったんで‥ じゃあ、『カラス団(コルブー)』でも捜してみようかって‥‥ それで、いなくなった子供達の聞き込みをして回ったんです 」
その笑顔を、頼純はしばし黙って見詰めた。そして、ますます不快だと感じたのだ。
「なるほど! そいつは、オメーらみてーな不良(クズ)にしちゃ、上出来じゃネーか♡ 」
「‥‥‥ 」
皮肉タップリの頼純の言葉にゴルティエは黙り込んだ。
彼の笑顔には真実がない。何かを隠そうとするかのように、笑いの仮面を被っているのだ。
それが頼純を苛立たせていた。
「こういう場合、大抵は奴隷にするタメの誘拐なんだが―――それにしても、今回の場合は狭い地域で多発している。 しかも、彼らが売買された形跡もないようだ。 これは何か異常事態が起きてる‥‥ 」
頼純の言葉にゴルティエも頷(うなず)いた。
「そうなんですよ。 俺も何か嫌な予感がして――― 」
頼純はそのゴルティエに尋(たず)ねた。
「で‥ オメーらはどんな方法で、その子達を捜したんだ? 」
「昨日と一昨日の二日間、この街と近くの村々をすべて回って‥ 『ピエールを見なかったか? こんな少年達を知らないか』って、聞いて回ったんです」
幼い弟を心配するプチレイが割り込んで、頼純に懇願(こんがん)した。
「なのに‥ なのに、誰も‥ 誰も見てないって‥ そういう答えしか返ってこないんです。 そんなハズないのに‥ 絶対、誰か見ているはずなのに‥‥ 」
「‥‥‥ 」
「どうか、『勇者』様‥ 弟を見つけてやってください 」
腕を組んだ頼純は、少しの間考え込むと、ふたたび彼らに目を向けた。
「だったら、逆にしよう。 子供達がいなくなった後に、彼らを見かけた者を捜すんじゃなくって‥ その子供を最後に見たのはいつかを聞け! 行方不明になる前に彼らを見なかったか―――ありとあらゆる人にすべて聞いて回るんだ! 失踪(しっそう)する前なら、二日前でも三日前でもいいぞ 」
『カラス団(コルブー)』の面々は頼純が、何を言っているのかよく理解できなかった。
だが、頼純はそんなコトお構いなしに、さらに指示を続けた。
「それから‥ これっぱかしの人数で、失踪(しっそう)した子供全員について聴取(ちょうしゅ)する事は不可能だ。 もっとも直近(ちょっきん)で消えた子供十人を選び出し、その子達について、親・兄弟も含め、最後の目撃情報をすべて集めるんだ! 」
頼純の指示が納得できないゴルティエが聞き返した。
「け‥ けど‥ 今さらそんなコトしたって、あまり意味はないと思うんですが‥ 」
「いいからやれ‼ 」
頼純は厳しい口調で命じた。
それから『カラス団(コルブー)』達を二人一組にして、聞き込みに当たる場所を振り分けた。
彼らは不安げな顔をしながらも、教会前広場から決められた場所へと散っていったのである。
そのあと、頼純とサミーラは、ゴルティエの案内で彼の家へ向かった。革なめし職人・フルベールの家である。
頼純はファレーズ城ではなく、そこを情報収集の拠点とするつもりだった。
三人が革なめし工場に近づくと悪臭が漂(ただよ)ってきた。
その屋敷内に足を踏み入れると、さらに臭いは激しくなり、胸がむかつき、吐きそうになった。
頼純達が通されたのは、かなり細長くはあったが、広々とした客間だった。
頼純や『カラス団(コルブー)』の面々が4、5日の間、寝起きを供にしても十分な広さがある。
部屋は真っ白な漆喰(しっくい)が丁寧(ていねい)に塗られた壁に囲まれ、目映(まばゆ)いほどであった。
足元は、普通の家のように地面を踏み固めただけの土間ではなく、木の板が張ってある床であった。
さらに、その床板や柱は、表面を滑(なめ)らかに研磨(けんま)され、その上に何度も蜜蝋(みつろう)を塗り込まれたのだろう、美しい光沢(こうたく)を放っていた。
南側の壁につけられた8カ所の窓は、いずれも大きく、高価なガラスまでもがはめ込まれている。そのお陰で、室内はたいそう明るいのだ。
金銀をふんだんに使った、キラキラ、ゴテゴテした贅沢(ぜいたく)さはないが、白とこげ茶で統一され、すっきりとした品のある造りである。
一見、簡素なようで、細部にまで莫大な費用が掛けられている。まさに、『見えないところに金を掛けた』という言葉がピッタリの、持ち主の趣味の良さを感じさせる客間であった。
さぞや、主人・フルベールの自慢の客間だと思われた。
この家の女中が頼純とサミーラにリンゴ酒を運んでくると、ゴルティエは捜査のため、仲間達の元へ戻っていった。
その頃には、鼻も悪臭に慣れ、吐き気も治まっていた。
だとすれば、この『臭い』をもって、近所の人達が革なめし職人の一家を毛嫌いするとは考えられなかった。
周囲は貧しい家々ばかりである。そんな彼らの家がかぐわしい香りで満ちているとは思えない。
そして、この程度の悪臭などどこにでもあるからである。
そこらの路地にはいつも糞尿がばらまかれ、路傍(ろぼう)に死んだ犬猫の骸(むくろ)をかたづける者もいない。さらに、あちこちにある戦場へ行けば、その比ではない強烈な臭いに鼻をぶん殴られる。
この世界は悪臭に満ちているのである。
だとすれば、フルベールが嫌われる本当の理由は、彼の裏稼業と、その蓄財(ちくざい)のせいなのであろう。
そこへエルレヴァとその父親が入ってきた。
彼女が両者を紹介すると、フルベールは頼純の手を握り、嬉しそうに言葉を掛けた。
「これはこれは‥ アナタ様があの『竜殺し』のヨリ様でございますか‥ お噂はかねがねお伺(うかが)いしておりました。 この度は我が息子のお願いをお聞きいれいただきまして、まことにありがとうございます。 つきましては、この屋敷にあるモノは、なんでもお好きにお使いくださいませ 」
「ありがとうございます。 アナタが領民の義務を果たされた事に感謝いたします 」
そう言いながら、『なるほど‥ たしかに、この男はゴルティエの父親に違いない。 根っからの悪党面(あくとうづら)をしている 』と頼純は思った。
しかし、それは息子と違い、悪い印象ではなかった。自分が悪党である事を隠そうとしない正直さに好感が持てる。
そして、フルベールには異端に対しても偏見がないようだった。
『勇者』である頼純は当然としても、肌の色が違う異教徒のサミーラにも眉一つ動かさず、笑顔で接しているのである。そして、その笑顔には、ゴルティエのような嘘が隠されていなかった。
やがてフルベールが立ち去ると、頼純はしばらくの間一人で、その白く美しい壁を見詰めていた。何かを考えているようだ。
それは誘拐事件のみならず、もっと大きな状況についてまで検討しているかのような、深く思索(しさく)する厳しい表情であった。
夕方になると『カラス団(コルブー)』の不良達がみな戻ってきて、調べた事の発表を行った。
これまでは、不良達が脅迫するような口調で聞き込みをしていたため、答えてくれる人もあまりいなかったが、今回は『竜殺しのヨリ』の名前を出し、丁寧(ていねい)にお願いをしたので、返事をしてくれる人は格段に増えたようだった。
「靴屋のジャンは、ピエールの姿を、いなくなった日の昼過ぎに見たって言ってました。 それから、医者のカミーユ先生がジャックを見たのは日没のちょっと前だったそうです 」
その報告を聞いた頼純は、美しい漆喰(しっくい)の壁に、いきなり太めの筆でその内容を書き始めた。
「あ! 」
頼純のその無謀(むぼう)な行為に、一同は息を呑(の)んだ。
高価な漆喰(しっくい)の壁に、黒々とした文字が次々と浮かび上がっていく。
インクは細かく磨(す)り潰した炭や煤(すす)をニカワで溶(と)いたモノである。もはや消す事は出来ない。
「なにか問題でも? 」
不良たちの絶句に、頼純は振り返って問い掛けた。
だが、ゴルティエは笑顔で
「べ‥ 別にィ――― どうぞ、お続けください 」
と答えた。しかし、余裕の言葉とは裏腹に、その顔はピクピクと引きつっている。
頼純は『カラス団(コルブー)』達を見据(す)えると、静かな声で語った。
「いいか、勘違いすんなよ! オメーらは身分もわきまえず、伯爵様にその兵隊を使ってピエールの捜索をしてくれって直訴(じきそ)したんだぞ。 その費用がどれくらい掛かるか、考えてみたか? 」
「え!? 」
「たとえば50人の兵士が捜索にくわわったとする。 人件費、食事代は無論の事、剣(エペ)や鎖帷子(オベール)なんかの間接費まで含めれば‥ 一日一人20ドゥニエ(現在の2万円くらい)はかかるだろう。 それが50人で一日1000ドゥニエ(百万円くらい)だ。 5日間捜索するとすれば、5000ドゥニエ(五百万円くらい)かかる事になるんだぞ。 100人ならば、さらにその倍だ! 」
「い‥ 10000ドゥニエ(一千万円くらい)―――? 」
不良たちは、その巨大な額に大いに驚いた。
頼純はゴルティエを見詰めて尋(たず)ねた。
「その費用は、領民が納めた租税(そぜい)が原資(げんし)だ。 それだけの金があったら、道の一本、農場のひとつも出来る額だ。 そんな大金を、なぜオメーの友達の弟のために使わなきゃならない? オメーの姉さんが、ロベール伯の子供を産むからか? 」
客間は静まり返った。
やがて、押し殺した声が室内に流れた。
「け‥ けど‥ これは、ピエールだけの問題じゃない! 多くの誘拐された少年達を救うためなんだ! それは本来、伯爵様の仕事だろう‥!? 」
そう語るゴルティエの顔に『笑顔』はなかった。はじめて頼純を睨(にら)みつけたのだ。
「そうだな! 」
答える頼純に、ゴルティエはさらに苛立った声を上げた。
「それに、こないだ伯爵様がドラゴン退治をされた時‥ あの祝勝パーティーは5000ドゥニエ(五百万円くらい)ではすまない金額がかかったはずです。 貴族達が飲み食いするだけのパーティーを、なぜ3日もしなきゃならなかったんですか? 」
いままで、いつも薄笑いを顔に張り付けていたゴルティエが、かなりムキになっていた。それは、父自慢の『客間』を頼純に蹂躙(じゅうりん)されたからであろう。それほどまでに悔しかったのだ。
それは、父が普段、人々に蔑(さげす)まれ、罵(ののし)られながら金を稼ぎ、その金で作った大切な『客間』である事を知っていたからだ。
頼純は、始めて少し本心をみせたゴルティエに、ニヤリとした顔を向けた。
「そうだ! それがこの世界の矛盾だ。 だから、この俺が来た。 その矛盾を解消するためにな 」
「‥‥‥‥ 」
その場にいた全員が、頼純の言っている言葉の意味を理解できなかった。
「ともかく‥ もっと考えろ! 金とは何か、民とは何か、自分達とは何か―――その事をみんなもよく考えてみるんだ! 」
頼純はそう言うと、再び壁を振り返って、彼らが集めてきた情報を書き始めた。それらはすべてラテン語で書かれていた。
「司祭様は、ジョルジュを最後に見かけたのは、いなくなる日の前日の日没前だと言ってました 」
「セボン家の女中が、レオンを見たのは日の出の頃だったそうです 」
「隣村の農夫達は、アルベールを見たのはいなくなった日の昼過ぎだと言っていました 」
「油商人のセザールが、ルネを最後に見たのは行方不明になった日の日没前だそうです 」
「古着屋のエマニエルは、ピエールを日没前頃に見たそうです 」
「隣村の羊飼いが、レオンを見たのは昼過ぎだったと言っていました 」
その日集められた20件ほどの目撃情報は、行方不明になった少年ごとに、目撃した人物の名前と、その時間を分けて、壁に書かれていったのだった。