第52話 1026年 ファレーズ・フルベール邸(2)

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 1026年 ファレーズ・フルベール邸(2)


 『カラス団(コルブー)』達は、あまりの驚きに口をあんぐりと開けたまま動けないでいる。
 頼純は周囲をチラリと確認すると声を落として、そんな彼らに状況を説明した。
「じつは‥ ロベール伯爵は現在、何者かに命を狙われている! 」
「―――え!? 」
「初めは山賊を使って襲わせ‥ 次は森の中で毒を盛られた。 けど、その主犯が何者なのか、よく判(わか)らネーんだ 」
「はあ‥‥ 」
「そこでお前らには、伯爵さんの探索方(たんさくがた)になってもらって‥ その殺人者を探しだそうってェ寸法さ‥! 」
 やっと頼純の言っている意味を理解した『カラス団(コルブー)』達だったが、彼らは頼純に手のひらを向け、話の続きを押しとどめようとする。
「いやいやいや‥ そんな事無理でしょ! 」
「俺達はただのチンピラですよ! 探索方(たんさくがた)なんて出来るワケないじゃないですか! 」
「そうですよ! 伯爵様を守るようなお仕事は、城の兵隊さんにお願いすべきです! 」
 そう言って拒否する不良達に、頼純は渋い顔でさらなる説明をした。
「まあ‥ たしかに、ロベール伯爵は軍隊を持っている。 とくに、エルルインら親衛隊は、お前らなんか比べものにならネーくらいの高い戦闘能力がある 」
「‥‥‥ 」
「けどなァ‥ 相手は毒を使うような奴だぞ。 いくら、剣や盾で囲ってみても、とても守り切れるモンじゃねェ。 いま必要なのは、伯爵を警護する者ではなくて、犯人は誰なのかを突き止める者なんだ! 」
「ああ‥ なるほど‥! 」
「まあ‥ そのあたりはわからないでもないのですが‥‥ 」
「し‥ しかし、それが俺達ってーのは――― 」
 不良達は頼純の話を理解してはいるのだが、その内容にまったく現実感を感じられなかった。
 そんな中、グラン・レイが頼純に疑問をぶつけた。
「だったら‥ 勇者様が、その犯人を見つけ出されたらよいのでは―――? そのお手伝いなら、俺達はいくらでもしますよ! 」
 その言葉に、一同はウンウンと頷いた。
 だが、頼純は小さく首を横に振った。
「そうしたいのは山々だけどさ‥ でも、俺はまもなくこの地を離れて、旅に出なきゃならねェ身だ。 地道に犯人を捜査する時間なんてねェんだよ。 そこでお前らに、その探索方(たんさくがた)を組織させようと思ったのさ 」
 今度はプチ・レイが質問する。
「けど‥ そもそも、なんで俺達なんですか? お城には適任な方がいくらでもいるでしょうに‥ 」
 それに頼純が答えた。
「んん‥ それが、城の人間じゃダメなんだよ‥! 」
「―――?」
 怪訝(けげん)な顔をする『カラス団(コルブー)』に、頼純は続けた。
「伯爵さんが襲われたのは、いずれも城外でだ。 そのためには、あまり出掛ける事のないあの人の予定―――それも個人的な用件から、緊急な外出まで含めて‥ そのすべての予定を知ってなきゃ襲撃は不可能なんだ。 つまり、犯人は伯爵の身近な人物―――または、そのような側近を雇っている者に違いない 」
「‥‥‥ 」
「そこでこの俺も、そんな人物がいねェかと捜してはみたんだが‥‥ 見つける事は出来なかった。 おそらく犯人は、伯爵さんの身近にいるにもかかわらず、予想もつかないような人物なんだ 」
「だ‥ だから‥ 城の人間ではその人物を探し出す事は無理だと―――?」
 やっと、ゴルティエが積極的に話に加わってきた。
 頼純はその変化に気付きながらも、素知らぬふりで彼の質問に答えた。
「ああ‥ ちょっと難しいと思うね。 これには、まったく別の視点が必要なんだ 」
 それでも、年長組のドニとマルクは曇(くも)った顔で小首を傾(かし)げる。
「それにしたって、俺達てーのは違うと思いますけど‥! 」
「そうですよ。 俺達なんかにそんな大切な仕事ができるワケがねェ! 」
 『カラス団(コルブー)』全員が同じ気持ちだった。
 ただし、彼らはそれを嫌がっているわけではない。自分達に、そんな大それた仕事など出来っこないと、最初(はな)からあきらめているだけなのである。
 しかし、頼純は薄笑いで一同を覗(のぞ)き込んだ。
「そうかなァ‥ 俺は、教会前の広場でお前らと出会った時に、ピーンときたぜ! そして、その素質があるんじゃネーかって‥ 今回の事件を通して、じっくりとお前らを観察させてもらった‥‥ 」
 その次の言葉に、一同は緊張して息を呑(の)む。
 グラン・レイが尋(たず)ねた。
「で‥ ど‥ どうでした‥? 」
 頼純は、当然だと言わんばかりの笑顔を返した。
「もちろん、合格さ! じゃなきゃ、こうして声を掛けるワキャねェだろうが!? 」
お~~~お‥! 」
 一同は感嘆(かんたん)の声を上げた。認められれば、誰だってやはり嬉しいものなのだ。
「この仕事にゃあ、正義感が必要なのは当然だが‥ 残酷で非情な一面もないと達成できねェ。 狡賢(ずるがしこ)さを持ち、駆け引きができネーと無理なんだ 」
 『カラス団(コルブー)』達は頼純の話を真剣な眼差(まなざ)しで聞いていた。
「これは簡単なようで、なかなか難しい条件でね‥ だが、今回お前達はそれを見事に達成した。 俺は大丈夫だと確信したぞ 」
「へ~~~え‥! 」
「さらに、お前達は‥ この地域一帯を隅々(すみずみ)まで知っているし、人脈もかなり広い。 闘争本能は高く、すばしっこい。 飲み込みも早ェし、命令された事は確実にこなしていく 」
 頼純の評価に、リュカが頬(ほお)を染めて呟(つぶや)いた。
「そんなに褒(ほ)められると、ちょっと照れちゃうなァ‥ 」
 一同も同じ気持ちで、顔を紅潮(こうちょう)させていた。
 そんな彼らを、頼純は自信に満ちた表情で見回した。
「だから、お前達は探索方(たんさくがた)になれ! 今回やったように‥ 様々な場所から情報集め、それを整理し、犯人を特定する。 そしてその犯人を追い詰め、退治するんだ。 お前達が、伯爵さんの目となり、耳となるんだよ! 」
 頼純の言葉は、彼らの瞳をキラキラと輝かせたが、心の奥底に残る不安を完全に払拭(ふっしょく)させるまでにはいたらなかった。
「目となり、耳となる―――? 」
「で‥ できるかな? 」
「いやいや‥ 俺達にお城勤めなんてできないって―――! 」
 そんな彼らを頼純は大声で叱咤(しった)した。
バカ野郎! 出来る、出来ないじゃネーんだよ! やるんだッ‼
 頼純は、いつまでも続く『カラス団(コルブー)』達の後ろ向きな発言に、いいかげんうんざりしていた。彼らには負け犬根性が染(し)みついていた。自分達を卑下(ひげ)しすぎなのだ。
「お前達はこのままでいいと思ってんのか? 二十歳も超(こ)え、すでに大人になったってーのに‥ 相変わらず、不良少年を気取って定職にも就(つ)かず、チンピラまがいの事で日々暮らしている 」
「‥‥‥ 」
 『カラス団(コルブー)』達は一斉にシュンとなってしまった。
「本当にそれでいいのか? これからも、強請(ゆすり)たかりみたいな事をやって生きていくのか? お前達が四十、五十になった時、それで後悔しネーのか? 」
 ゴルティエが異(い)を唱(とな)えようとした。
「で‥ ですから、それは――― 」
 だが、頼純はその言葉を遮(さえぎ)って、彼に指を突きつけた。
「ゴルティエ‥ お前はいいだろう。 親父の跡(あと)を継いで、革なめし職人の親方になりゃいいんだからなァ! それとも、金貸しの方を継ぐのか? どっちにしたって安泰だ。 そしてそうなりゃ、この中の何人かを雇(やと)う事だってあるだろう。 だが他の者達はどうなる? 」
「‥‥‥ 」
 全員が絶句してしまった。 彼らとて、普段からその事に不安を感じながらも、それゆえに気にしないフリをしてきたからである。
 頼純はさらに熱く語った。
「けど、伯爵さんの家臣になれば‥ 最初は低い身分だろうが、お前達は探索方(たんさくがた)の役人だ―――使いっ走りをさせられるような『召使い』にはさせん。 という事は、もしかしたら騎士になる道だって開(ひら)けるかもしれネーんだぞ! 」
 その途方(とほう)もない発言に、不良達は驚愕(きょうがく)した。
き‥ 騎士ィ―――イ‼ 」
 頼純は彼らの驚きを無視して、なおも続ける。
「さらに‥ 騎士となって数々の手柄(てがら)を立てれば、貴族にだってなれるだろう。 お前らみてーなフーテン野郎どもに、貴族様になる可能性が舞い込むんだ! 」
 『騎士』、『貴族』という言葉に、一同は口先でそれを否定しながらも、目つきは夢を見ているかのようなフワフワしたモノになっていた。
「お‥ 俺達が貴族‥!? 」
「ないないないない‥ それはないって! 」
「でも、なんだかワクワクする 」
「っていうか‥ 今回の仕事をやってて‥ 俺、最後の処刑以外はけっこう楽しかった 」
「そうそう。 俺達みたいなクズでも人の役に立てるなんて―――嬉(うれ)しかったし‥ 」
「俺も! もっとやりたい 」
 彼らの心に、もはや不安はなかった。希望が不安を押しのけたのだ。
 そしてその希望は、ここ数日間彼らを苦しめてきた『人を無惨(むざん)に処刑してしまった』という罪悪感や良心の呵責(かしゃく)をも徐々に薄めていった。彼らの腹に鉛のように重く沈殿していた不快感が、ゆっくりと溶(と)け出していくようだった。
「勇者様の言葉に従って‥ やるだけ、やってみネーか? 」
 グラン・レイがゴルティエに持ちかけた。
「そうだな‥ 失敗したって何かが変わるワケじゃない! 元のチンピラ人生に戻るだけだ。 だったら、やってみるか‥! 」
 ゴルティエは頼純の方を振り返ると、丁寧(ていねい)に頼み込んだ。
「ヨリさん‥ お願いします。 どうか、俺達が伯爵様の探索方(たんさくがた)となれますよう、お口利(くちき)きください。 ご家来として、精一杯頑張ります。 」
「いいだろう! 」
「それから‥ 俺達みたいな者のために、ご配慮いただきありがとうございます。 それなのに俺、勘違いしちゃって‥ ヨリさんに、ずっとふて腐れた態度を取ってました。 ゴメンなさい 」
「いいって、いいって! んなコタァ気にすんな! 」
 それから頼純は、厳しくも温かい目で『カラス団(コルブー)』達一人一人を覗き込んでいく。
「ただし‥ 明日から早速、実務に入る。 これまで集めた情報の報告と整理‥ それから、俺や傭兵(ようへい)仲間による訓練も開始する。 俺がいる間にビシビシ鍛(きた)えるからな! 覚悟しておけよ‼ 」
 その言葉にも、不良達は元気よく応(こた)えた。
はい‥ ヨリ様‼ 」

     ×  ×  ×  ×  ×

 勧誘(かんゆう)を成(な)し遂(と)げた頼純が、フルベール邸から出てくると、そこにはサミーラが待っていた。
「いかがでしたか? 」
 そう声を掛けてきた彼女に、頼純は驚いたように返事を返した。そこにサミーラがいるとは思っていなかったからである。
「あれ‥ 何でいるの? 」
「先ほどまで‥ エルレヴァ様とお茶をしながら、おしゃべりをしておりました。 それで、彼らの返答は‥? 」
「ああ‥ みんな了解してくれた! 明日(あした)っからは、訓練で少々忙しくなるだろう 」
「ヨリ様がお忙しいのは、いつもの事でしょう!? 」
 サミーラはコロコロと笑った。それにつられて、頼純も声を上げて笑った。
「ハハハハハ‥ 違いねェ。 まったくもって、その通りだ! 」
 そんな二人に背後から声が掛かる。
「お‥ お待ちください! 」
 頼純が振り返ると、屋敷の中から主人である革なめし屋の親方・フルベールが飛び出してきた。
「これはこれは‥ 勇者ヨリ様。 息子から話を聞きました。 このたびは、あのボンクラ息子どもに、たいへん素晴らしいお話しを頂戴(ちょうだい)したそうで‥ 誠にありがとうございます 」
「ああ‥ けど、大切な跡取り息子を奪う事になっちまったな。悪かったよ。 お前さんも、当てがはずれただろう? 」
「いえいえ、とんでもねェです。 ただね‥ あっしも、あの野郎がなかなかに目端(めはし)が利(き)くってコタァ判ってたんですよ。 度胸もあるし、腕っ節だって悪(わる)かない! あっしの跡を継がせりゃあ、ひとかどの者になるだろうと踏んでたんです 」
「‥‥ 」
「けどね‥ 親方と言やあ聞こえはいいですが―――革なめし職人なんて、しょせん低い身分ですし‥ ましてや金貸しなんぞ、世間の嫌われ者だ! それに比べて、お城勤めとなりゃあ―――こっちの方がはるかに上等です! 」
「そうかい 」
「ですから‥ このようなお口利きをしてくださったヨリ様には、大いに感謝しております 」
「気にすんなって! コッチだって、ゴルティエ達の行く末を心配してこの話を持って来たワケじゃねェ。 俺がいなくなった後、友人であるロベール伯爵を守るタメの仕掛けなんだ 」
「そうでしょうとも、そうでしょうとも‥ おっしゃる通りでございます 」
 フルベールは、背後に隠し持っていた大きな金袋を頼純に差し出した。拳(こぶし)二つ分はあるだろうその金袋には、ドゥニエ銀貨(1ドゥニエ=約1000円ほど)が百枚以上入っているに違いない。
「とにもかくにも‥ どのようなお礼を差し上げたらよいのか判りませんが‥ まずはこれだけ―――! 」
「ん!? 金か‥‥? んなモンいらネーよ! 」
「まあまあ‥ そうおっしゃらずに‥‥ 」
 頼純は、フルベールが無理やり押しつけてくる金袋を押し戻すと、
「それよりも‥ ゴルティエを探索方(たんさくがた)に選んだ理由のひとつには、親であるお前が、このノルマンディーに大きな情報網を持ってるって事も入っているからな‥! 」
「へ!? 」
「革なめし職人の同業者組合(ギィルダ)の事だよ。 これは得がたい武器だ。 そしてその情報網が、お前の息子やロベール伯爵―――さらには、この街全体を救うんだ 」
「はあ‥ 」
 頼純は、よく意味がわかっていないフルベールを睨(にら)み据(す)えた。
いいか、忘れんなよ! ゴルティエの仕事は、アンタの孫の父親を守る事だ。 もし、お前がその事を忘れ‥ 娘や息子の権力を自分の商売に利用しようとすれば―――その時は、この街がなくなり、お前もすべての財産を失うだろう 」
「は‥ はい‥!? 」
「逆に、お前が娘や息子のタメに精一杯手助けをすれば‥ お前は、今よりもはるかに得がたいモノを手にするハズだ 」
「な‥ なるほど‥! 」
 半信半疑の顔をしたフルベールを、頼純はニンマリとした顔で覗(のぞ)き込んだ。
「まッ‥ 占い師でもない俺の言葉を、信じるか信じないかは、お前次第だけどな♡ 」
「信じます、信じます! 神懸(が)かり的な力を持ったヨリ様は、何でもお見通しでいらっしゃいますから‥ 」
「判ってんのだったら、いい! 邪魔したな‥‥ 」
 頼純はフルベールに背を向け、サミーラと帰ろうとした。
 頼純の気迫に終始押され気味だったフルベールは、ホッと安堵(あんど)の息を吐いた。そして頼純の背中をほくそ笑んで見詰めた。
 この男さえ旅立てば、あとはコッチのもんだ。娘や息子によって得られる様々な特権を利用しない手はない。それを使って、もっともっと金を稼(かせ)いでやる―――フルベールはそう考えていた。
 その時、立ち去りかけていた頼純の足が止まる。彼は肩越しにフルベールを振り返ると、
「お前がもし、ロベール伯爵を裏切るような事をしたら‥ 俺はいつでも、どんなところからでも飛んで戻ってきて‥ この太刀でお前の右肩と左肩の間を真っ平らにしてやるからな! 覚悟してろよ♡ 」
 不敵な微笑を浮かべて彼を睨みつけた。
「ひッ! 」
 頼純の鋭い目に、フルベールは首を押さえて震え上がった。