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1026年 トレノ村・ひなげし食堂(5)
フィリップが泣きながらも切断された自分の指を飲み込むと、ゴルティエは今度はその妻・ジョアンにも同じ事をするように命じた。
ジョアンは指を切られる前からギャーギャーと泣き叫んでいたが、両手の人差し指を切られると気を失ってしまった。
「オラッ! 寝てる場合じゃネーぞ‼ 」
横向きになって地面に倒れている彼女の尾てい骨を、ゴルティエは思い切り蹴り上げた。
「ギャンッ! 」
尾てい骨への衝撃が、背骨を通じて脳天にまで突き抜ける。その強烈な痛みに、ジョアンはビーンッと背を反らせて意識を取り戻した。
「アウ‥ アアアアウ‥ アウアウアウ‥ 」
縛られた手で尻を押さえるジョアンは、片頬(かたほお)を地面につけたまま呻(うめ)き続けた。
ゴルティエは、彼女の開いたその口の中に、切り取った二本の人差し指を無理やり押し込んだ。
「ホラッ、喰えよ! 喰えって‼ 」
ジョアンは、今度はウゲウゲと嘔吐(おうと)しはじめた。
彼女の顔や髪は、彼女がもがくたびにゲロまみれになっていく。
こうしたゴルティエの荒々しく、容赦(ようしゃ)ない行動は、これまで頼純に見せた事のないモノであった。激しい怒りに、頼純の目も忘れ、素の自分をさらけ出してしまったのかもしれない。
一方で、『カラス団(コルブー)』達は、そんなゴルティエの行為にも眉ひとつ動かさずにいた。彼らは、これまでもゴルティエのそういう姿を見てきたのだろう。おそらくは彼ら自身も、それに近い事が平気でできる人種なのだ。
ゴルティエはジョアンへの『責め』の手を緩(ゆる)めなかった。たとえ相手が女でも、彼はまったく手加減をしないのだ。
「上等だよ! 何本でもいくぞ 」
「も‥ もう、やめて‥! い‥ 痛いの‥! た‥ 助けて‥ 助けてください‥ 」
その執拗(しつよう)な責めに、傍(かたわ)らに倒れている亭主のフィリップが逆切れした。
「アンタら‥ いいかげんにしろよ‥! コイツは女だぞ‥ か弱い女なんだ! アンタらァ、役人じゃネーんだろう‥!? だったら、どうしてここまでするんだよ‥? もう勘弁してくれって‥! 」
ゴルティエはフィリップ夫婦を睨(にら)みつけると、怒声を浴びせた。
「なにが、『ここまでする』だ―――ふざけんなッ! その『か弱い』女が‥ なんの罪もない、もっと『か弱い』子供達を次々と殺し、その体を捌(さば)いて、料理にしやがったんだろうが! その苦しみ、悲しみ、痛みを何分の1かでも感じてみろよ。 あの子達の辛さは、この程度じゃなかったハズだ! 」
「‥‥あ‥ いや‥ 」
ゴルティエは残忍な目で微笑(ほほえ)んだ。
「いいか‥ ヘラヘラ笑いながら子供達を料理してやがったお前らが、これぐらいで許されると思うなよ! 罰はまだまだ続くんだからな‥♡ 」
そう言うと、ゴルティエはジョアンの左中指をさらに切り取り、それを彼女の口にねじ込んだ。
「さあ、喰えッッ‼ 」
一連の『責め』を見ていたサミーラは、ジョアンへのあまりにも残忍な拷問(ごうもん)に、いたたまれなくなってゴルティエを止めようとした。
「ちょっと‥ もう、それぐらいで――― 」
だが、そのサミーラを頼純が制止した。
「いいんだ。 ゴルティエのやりたいようにさせなさい! 」
「で‥ でも‥ 」
「いいんだ! 」
ジョアンは泣きながら、自分の中指を必死に飲み込んだ。
それを確認したゴルティエは、立ち上がると、生き残った少年達に振り返った。
「見たか? コイツらはもう何もできない。 コイツらは怖くないんだ! お前達は、もう脅える必要はないんだぞ! 」
ゴルティエは靴の内側に隠していた小型ナイフを抜くと、少年達に差し出した。
「コイツらに復讐したいヤツは前に出ろ。 させてやる 」
だが少年達は全員、いまだ人形のように突っ立っているダケである。
「どうした? 大丈夫だって! もう、コイツらはお前達に何もできないんだ! 安心してやっていいんだぞ 」
ゴルティエは少年達をゆっくりと見回した。
この時になって、サミーラはやっとゴルティエの真意を理解した。彼はフィリップ夫婦に対する怒りだけでなく、少年達の心の傷を何とかしようとしていたのだ。二人に残虐な行為を繰り返す事で、夫婦達がもはや無力である事を証明していたのだ。それは、彼の優しさでもあった。
ゴルティエは、『冷酷さ』と『優しさ』を矛盾する事なく、同時に持ち合わせた性格だったのだ。
グラン・レイ達は、グッタリしたフィリップ夫婦の体を引き起こし、地面に坐らせた。
しばらく待つと、一人の少年が恐る恐るゴルティエの前に進み出た。
「やれるか? いや、やるんだ! 恐怖を乗り越えろ 」
ゴルティエはそう言うと、その少年に小型ナイフを握(にぎ)らせた。
少年は手にしたナイフをしばらくジッと見ていたが、おもむろにフィリップの背中にそれを突き刺した。
「ギャッ! 」
フィリップは悲鳴を上げたが、その傷は深さ1プース(約2.7センチ)ほどで、致命傷ではない。
ゴルティエが渡したナイフは、果実の皮などを剥(む)くための短く小さなナイフだった。
少年は、逆手(さかて)に握(にぎ)ったナイフをもう一度フィリップに突き立てた。
今度は肩のあたりにそれは刺さった。
「ウグッ! 」
またフィリップが声を漏らした。
その声が引き金となったのか、少年は狂ったようにフィリップの背中にナイフを突き立てた。
「キィ―――イイイイイイ‥ 」
少年は金切り声を上げながら、ナイフを突き続ける
ナイフの刃はサクサクと背中の皮を破り、筋肉を裂いた。血が飛び散って少年の顔を汚した。だが、ナイフが小さい事と、少年が非力であるせいで、フィリップは決して死にはしない。
ついにはナイフが血で滑り、少年の手の内側が切れ始めた。しかし、それでも少年は執拗(しつよう)にナイフを振り続けた。
「おい‥ 止めろ! お前が怪我(けが)してるぞ! 」
グラン・レイが慌(あわ)てて少年を抱きかかえ、フィリップから引き剥(は)がした。
その時になってやっと、少年は泣き始めたのである。それはそれは、大きな声であった。
グラン・レイは彼の血まみれの手から小型ナイフをもぎ取り、ポイッと放(ほう)った。
すると飛び出してきた別の少年がそれを拾い、ジョアンの胸を刺し始めたのである。
「ギャギャギャギャギャ‥ 」
その少年も、悲鳴を上げるジョアンをナイフで延々と突き続けた。
いつの間にか、生き残った少年達の大半がフィリップ夫婦を囲み、復讐の順番を待っている。
「よし! 一人20回ずつだ 」
ゴルティエはもう1本小型ナイフを出し、少年達にフィリップとジョアンを刺させた。
ゆっくりとナイフを根元まで刺す者もいれば、凄いスピードで刃先を突き立てる者もいる。ナイフを振り回して、表面を傷だらけにする者もいた。
気を失いかけて何度も倒れそうになるフィリップとジョアンの上半身を、『カラス団(コルブー)』達は引き起こし、それを支(ささ)えた。
みな、20回では物足りなそうだったが、刺すたびに彼らの顔に生気が戻ってくる事が判った。
それは、あまりの恐怖に完全に心を閉じてしまっていた彼らが、その扉を少し開き、『怒り』という感情を表に出したからかもしれない。
少年達全員が刺し終わると、フィリップとジョアンはもはや声も出せず、息をする事も精一杯の状態であった。上半身は血まみれとなり、特に顔面の状態がひどかった。
両目は潰され、耳はそげ落ち、鼻も原形をとどめていない。頭もアチコチが切り裂かれ、頭皮がぺろりと垂れ下がっていた。
夫婦は本当にかろうじて生きている程度であった。
2本の小型ナイフは、1本は刃が折れ、もう1本は刃が曲がってしまっていた。
「二人を食堂の中に連れ込め! 」
ゴルティエが『カラス団(コルブー)』に命じると、グラン・レイ達四人が、フィリップ夫婦を店内へ引きずっていった。
一方、ゴルティエは他の客達の方へゆっくりと歩いて行った。
「さぁて―――次はお前らの番だ‥♡ 」
その時、それまで腕を組んで黙って見ていた頼純がゴルティエ達に声を掛けた。
「約束通り‥ お前達が下す処罰に、俺は口出しするつもりはない。 ただ、ひとつだけ命令する 」
『カラス団』達は一斉に振り返った。
頼純はややきつい口調で命じた。
「この悪魔どもが何者なのか―――どこの誰なのか、一切尋問(じんもん)してはならない! 」
「は!? 」
不良達は、今まですっかりその事を忘れていたのだが、それは処罰を決定する上で重要な事ではないのか―――と思った。身元を確認する事は、取り調べの第一歩だからだ。
にもかかわらず、頼純は『正体を調べるな』と言う。
彼らはその意味がわからず、大いに訝(いぶか)しがった。
だが、しばし頼純の目を見詰めていたゴルティエは、やがて何かに気づいたのか、
「―――わかりました‥! 」
と頼純の命令を了解した。
『ひなげし食堂』の客だった18人の男女は、両手首を後ろ手に縛られ、両足も足首できつく縛られていた。彼らは絶対に逃げられない、抵抗ができないようにされていたのだ。
ただ、手足を失った7人の騎士の内、足を切断された3人だけは足首を縛られてはいなかった。縛る事は不可能だし、彼らが片足だけで逃げる事もないと思われたからである。
無論、彼らに逃走する意志など毛頭(もうとう)なかった。あまりの痛みに、それどころではなかったからである。
騎士達は縛られたまま地面に転がされ、悶(もだ)え苦しんでいた。
一方、無傷だった残りの11人は、冷たい地面に正座させられていた。
3人の老貴族と3人の富豪にとって、それは屈辱的な扱(あつか)いであった。
だが、ようやく彼らも自分達の置かれている立場を理解し始めていた―――かなりまずい状況にあるという事だ。
富豪や貴族達は近づいてきたゴルティエ達を見上げ、夢のような交換条件を提示し、必死に命乞いをした。
「ば‥ 馬鹿な事を考えるな! 助けてくれ! 」
「わ‥ わかった‥! 私を助けてくれたら、全財産をお前にあげよう! 」
「私はフランス国王とも旧知の仲だ‥いや―――仲です。 アナタに、どのような地位でも与えてやりますぞ 」
「いや‥ 私が貴族にしてあげましょう! アナタのような身分でも、私の力さえあれば貴族になれるのですよ 」
「いやいや‥ 私を助けてくだされば、私の娘を差し上げます。そうすれば、我が領地と全ての財産はアナタ様のモノとなるのです 」
「お願いします。 どのようなご命令もアナタ様の仰せの通りにいたしますので‥ どうか、どうか、命ばかりはお助けくださいませ‥ 」
だが、ゴルティエはそのような誘惑がまったく聞こえないかのように、彼らを無視し続けていた。
そして冷たい目で『カラス団』達に命令したのだ。
「おい‥ コイツら全員、逃げられないように両足を切断する。 斧(おの)を持ってこい! 」
背後にいたプチ・レイが、手にしていた薪割り用の大きな斧(おの)をゴルティエに差し出した。
ゴルティエはその斧(おの)を受け取ると、まずは貴族らの足元に立った。
「ヒィ―――イ‥! 」
彼らは悲鳴を上げ、はからずも失禁(しっきん)してしまった。
だが、グラン・レイ達はそんなコトお構いなしに、二人掛かりで一番左の老貴族の両腕を押さえた。
さらにもう一人の仲間が、ジタバタする彼の足が動かないように、足首を縛った縄を掴んで押しつけた。
ゴルティエは、小便でビチャビチャになった地面に立つと、斧(おの)を振り上げる。
「――――――ッッッッッ‼ 」
老貴族の悲鳴はもはや声にならなかった。
それは、親から引き継いだ身分で多くの人を支配し、なに不自由なく何十年も豊かに暮らし続けてきた彼にとって、かつて体験した事のない恐怖だったハズである。
斧(おの)が振り下ろされると、彼の右足は簡単に太股から切り離された。
「ギャ―――ア‼ 」
老貴族は、やっと叫び声が出たようである。
足を押さえていた不良は、あふれ出る大量の血を浴(あ)び、暗闇の中でも判るほど、真っ赤になっていた。
ゴルティエは反対側に回ると、老貴族の左足も切断した。
再び血を噴(ふ)き上がらせ、彼はそのまま気を失った。
血まみれで仁王立ちするゴルティエの姿は、それはそれは残忍で無慈悲(むじひ)に見えた。
だが、この貴族達は、罪なき子供らを玩具(おもちゃ)にして、食ったのである。その償(つぐな)いはせねばならなかった。
腕を押さえていたグラン・レイ達が手を放すと、老貴族はそのまま地面に倒れた。今度は誰も止血をしてくれない。
その光景に、すでに手足を斬られ、呻(うめ)いていた者達まで黙り込んだ。
目の前に立つ、身分卑(いや)しきチンピラどもは、自分達の命を助ける気などまったくないという事が判ったからである。
18人の男女全員が死を覚悟した。それでも、斬られたところが痛い。
激しい『痛み』と底知れぬ『恐怖』―――その両方に、彼らの精神はほぼ押し潰されていた。
この苦しい痛みの中で死んでいくのか―――彼らは、これまで悪行ばかりを繰り返してきた己(おの)が人生を大いに後悔した。その罪を金や権力でもみ消した事を悔やんだ。
どうせ自分は天国へは行けないのだから、『審判の日』までの残り7年間、極悪非道の限りを尽くしてやる!―――そう思っていたが、それも今日で終わる。
しかも、これほどまでの痛みの中で死んでいこうとは思ってもみなかった。
そして、このまま『地獄』へ落ちてしまえば、もっと凄(すさ)まじい責め苦を無限に負(お)い続けるのである。
彼らは、その事を改めて実感し、絶望した。
神を冒涜(ぼうとく)し、その教えに背(そむ)くことばかりを行ってきた。面白半分に人を苦しめ、殺し、嘲(あざ)笑ってきた。人の悲鳴が心地よかった。
そんな彼らが、いま自分達の被害者と同じ痛みを感じていた。
あの者達は、このように苦しんで死んでいったのか―――と、やっと気づいたのである。
しかし、時すでに遅かった。