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 1026年 ファレーズ・教会前広場


 頼純とサミーラ、『カラス団(コルブー)』達は、急いでラ・オゲット村からファレーズの街へと戻った。
 失踪(しっそう)した少年達を最後に見た人々に、『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』を見ていなかったか、再度確認するためである。
 その目撃者のほとんどは、人口の多いファレーズの街に集中していた。
 
 街へ到着した頃には、晩課(ばんか)の鐘がなり始めていたが、今晩中に確認しておかなければならないと、一同は走り回った。

 まずは、マテュー少年を最後に見たカミーユ医師の元へと向かった。
「『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』? あ―――あ、あったあった! その坂の途中に止めてあったぞ! 確かにあの子がいなくなった日の事だ 」
 続いて、教会のエイマール司祭を訪ねた。
「たしかに‥ 最後にジョルジュを見かけた時、『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』を見たような気がする―――いや、間違いなく見たよ。 あの日、この前の広場に止まっていた。 」
 さらに聞き込みを続けると、「よく憶(おぼ)えていない 」とか、「見ていない 」とか言う者もいたが、その一方で「見た、見た! 」とか「思い出した。 たしか、中年の男女が乗っていた気がする 」とか言う者もいたのだ。

 結果、街に住む最終目撃者11人の内、新たに4人が『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』を見たと証言した。パン屋のソフィーとジョセフ爺さんもくわえれば、合計6人―――過半数の人が見ていた事になる。
 月や太陽、雲や雨ならいざ知らず、子供が消えた現場付近で『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』という、かなり限定されたモノが目撃される事は、偶然ではあり得ない。
 間違いなく、子供達の失踪(しっそう)に『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』は関係していると思われた。
 すでに、あたりは真っ暗になっていた。
 夏場なら家々の開け放たれた窓から、室内の灯火(ともしび)も見えただろうが、冬場は鎧戸(よろいど)も閉じられ、月以外に周囲を照らすものはない。
 だが、『カラス団(コルブー)』達の目は炯々(けいけい)と輝いていた。事態が次々と進展し、徐々に犯人へと近づいていく事に興奮しているからだった。自分達が誘拐犯を見つけ出す―――その思いに心がときめくのだ。

あせるなよ 」
 その声に振り返った『カラス団(コルブー)』達を、頼純はゆっくりと見渡した。
「まだ、その『酒樽(さかだる)を積んだ馬車』がどこから来て、どこへ行ったのか―――馬車に乗っていたのはいったい何者なのか―――肝心(かんじん)な事を調べなきゃならないんだ。 しかし、もう夜もすっかり更(ふ)けてしまった。 街の人達も家の扉をきつく閉め、寝る準備をしている頃だろう。 これ以上の聞き込みは彼らの口を重くするだけだ。 それにお前達も十分に疲れている。 聞き込みの続きは、明日という事にしよう 」
「あ‥ は‥ はい‥‥! 」
 不良達は少々不満げな顔であった。食事をしたり、眠ったりするヒマがあれば、少しでも捜査がしたいからだ。
 頼純は、その中でも一番あせった表情をしたレイモンに声を掛けた。
「いいな、プチ・レイ! 弟が心配なのは判るが、絶対に勝手な行動はするなよ。 それが、一番の近道なんだ 」
「‥‥‥ 」
 口惜(くちお)しそうに頼純を見詰めるレイモンに、ゴルティエが肩を組んで話し掛けた。
「大丈夫! 今までだって、変な命令だと思っても‥ ヨリさんの言う通りにしてたから、犯人に近づく事だって出来たんじゃないか! だったら、最後までその言葉を信じようゼ 」
「う‥ うん‥! 」
 プチ・レイを励(はげ)ますゴルティエの笑顔に嘘はなかった。
 彼の中で、何かが少し変化しているようだった。
 頼純はそんな兆候にかすかな喜びさえ感じていた。

 ゴルティエの家へ帰る道すがら、グラン・レイが恐る恐る話し掛けてきた。これまで、頼純には話どころか目もあわさなかった彼がである。
 頼純に投げ飛ばされてからは、ばつが悪かったのか、グラン・レイはみんなと少し離れて、後ろを着いてきていた。
「あ‥ あの‥ 『勇者』様‥ 行方不明になった少年達が心配です。 ですから、明日は少しでも早く、聞き込みを開始しませんか‥? 」
「ああ‥ 俺は大丈夫だが‥ みんなは、疲れてんじゃネーのか? 今日は一日中、ずいぶんと歩き回ったぞ 」
「大丈夫です! 頑張りますから! 」
 大きなレイモンは元気よく答えた。頼純がわだかまりのない言葉を返してくれた事が、嬉しかったのだ。
「ヨリさん‥ 」
 今度は、珍しく顔を曇(くも)らせたゴルティエが、プチ・レイに聞こえないように、小さな声で話し掛けてきた。
「俺‥ なんだか、嫌な予感がするんですよ。 胸がむかつくような‥恐ろしい予感です‥! 」
「‥‥‥ 」
「あ‥ すいません。 『予感』とか、『勘』とかじゃダメですよね! そんな不確(ふたし)かなモノじゃなくて‥ ちゃんとした情報から判断していかなくっちゃ――― 」
 反省してみせるゴルティエに、頼純は首を微(かす)かに振った。
「いや‥ 『予感』や『勘』は大切だ! 真実を見つけるためには、小さな情報をコツコツと積み上げていく事も重要だが‥ そういった思いも、無視してはいけない 」
「は‥ はあ‥‥ 」
「『予感』や『勘』とは、ハッキリとした理由が分からないダケで‥ お前の中にある様々な情報の断片が、何かを伝えようとしているんだ。 『勘』と『ひらめき』に大きな違いはないんだぞ! 」
「はい‥! 」
 ゴルティエは真摯(しんし)な目で応えた。
 彼の顔に、卑屈(ひくつ)な愛想笑いが浮かぶ事はもうほとんどなくなっていた。

 ゴルティエ宅で出された夕食をガツガツと喰った『カラス団(コルブー)』達は、興奮からか簡単には眠れない様子だったが、終課(しゅうか)の鐘の音(ね)を聞くと、一気に疲れに襲われ、次々と眠りに落ちていった。

 翌朝は朝課(ちょうか)の鐘の音(ね)とともに、一人二人と目を覚ました。
 外はまだ真っ暗である。だが、夜明けを待っていては出遅れてしまうのだ。冬場は日の出が遅いからである(当時の12月中旬のファレーズならば、日の出は午前8時40分くらいとなる)。
 疲れがまだ残っているのか、みな少々眠たそうな顔をしていたが、朝食を取ると元気になったようだった。

     ×  ×  ×  ×  ×

 この時代、公式には『朝食』というものはなかった。
 ローマキリスト教会の戒律(かいりつ)では、食事は一日2回と定められていたからである。
 キリスト教では『小食が良し』とされていた。『大食』は『七つの大罪』のひとつであり、諸悪の根源なのだ。
 だから、昼過ぎに最初の食事である『ディナー』を食べ、夜半に軽食である『サパー』を取るだけなのである。あとは、次の日の『ディナー』まで食事はできなかった―――『断食(ファースト)』である。
 ただし例外的に、老人と子供、病人はこの『断食』から免(まぬが)れた。彼らだけは、朝食をとってもよい事になっていたのだ。
 とはいえ、激しく肉体を使う労働者―――農民や建築・工業従事者、さらに兵士など、ほとんどの人々は朝食を取らないと働けなかった。夜明け前から起きているのに、昼過ぎまで食事なしでは、とても腹がもたないのだ。
 そこで、彼らは断食(ファースト)を破って(ブレイク)、朝食をとったのである。
 これが「ブレイクファースト(断食破り)」の語源である。
 そして、この朝食が公式に認められるようになるのは、十五世紀に入ってからであった。

     ×  ×  ×  ×  ×

 食事を手早く終えた『カラス団(コルブー)』達は、支度(したく)をすませると、急いで教会前の広場へと向かった。
 まだ暗い広場や周辺の道路には十数人の人しかいなかった。しかも彼らは、就業前の用意で忙しそうにしている。
 そんな人々に向かって、プチ・レイが大声を上げた。
お~~~い! みんな、聞いてくれ! 『酒樽(さかだる)を乗せた馬車』の中年男女を知らネーか? 知っている者がいたら名乗り出てくれ! 」
 だが、人々は怪訝(けげん)な顔でチラリとレイモンを見るばかりで、彼の言葉に興味を示そうとはしなかった。
やいやいやいやい! テメーら、俺の話を聞いてんのか!? コッチ、見ろやッ‼  『酒樽(さかだる)を乗せた馬車』だよ! 」
 小さいレイモンは無反応な人々に苛立ち、語気を荒くしてしまう。
「プチ・レイ‥ お前、そんな言い方じゃダメだろう。 みんな怖がってるよ 」
 頼純はプチ・レイをたしなめると、ゴルティエに声を掛けた。
「お前が聞いてみろ。 みんなが、どうやったら口を開きたくなるか、よく考えてな! 」
「はい 」
 ゴルティエはしばし考え込むと、おもむろに腰にぶら下げてあった巾着袋(きんちゃくぶくろ)に右手を突っ込み、大きな声を張り上げた。
『酒樽(さかだる)を乗せた馬車』を見た人はいませんか? 情報をくださった方には、お礼を差し上げます 」
 右手に握っていた十数枚の銀貨を、これ見よがしに左手へジャラジャラとこぼした。
「『酒樽(さかだる)を乗せた馬車』を見た方には、全員に1ドゥニエ(現在の1000円くらい)‥ 有益な情報をくださった方には、内容に合わせて、2ドゥニエ(2000円ぐらい)から5ドゥニエ(5000円くらい)を差し上げますよ♡ 」
 ゴルティエの言葉に、広場を行き来する人々は大いに興味を持ったようだった。広場にいたほとんどの者が、『カラス団(コルブー)』の方へワラワラと集まってきたのだ。
 ゴルティエは得意げに頼純を振り返った。
 頼純はそれに満足げな表情で応えた。

「そういえば‥ 俺、見たぜ! 一昨日の事だ。 酒場の前を通っていた 」
「はい‥ 1ドゥニエ! 」
「俺も見た。 1週間前に隣村の村役の家の前に停まってた 」
「はい‥ 1ドゥニエ! 」
「私は五日前の夕方、パン屋の横を通っている馬車を見たわ。 たしか、女の人が乗っていた。 若くはない女よ 」
「はい‥ 3ドゥニエ! 」
 情報と金の交換が終わると、人々は足早に広場を立ち去っていった。
 金をもらった者、もらえなくてうらやましい者、その場にいた全員が家や職場に向かい、『酒樽(さかだる)を乗せた馬車』を見た者はいないかと、騒ぎ始めたのだ。
 銭袋の中が空っぽになったゴルティエは、グラン・レイに命じて父・フルベールの元へ銭袋を取りに行かせた。
 先ほどの何倍もある大きな銭袋を4つ持ってグラン・レイが戻ってきた時には、広場は押し寄せた情報提供者とその様子を見ようとする見物人とで一杯になっていた。
 ゴルティエだけでなく、グラン・レイ達も大きな銭袋を持って、情報と金を交換していく。
 ゴルティエは広場の人々にさらに大きな声で告知した。
「その『酒樽(さかだる)を乗せた馬車』に乗った中年男女が何者か、知っている人はいませんか? 知っている方には、20ドゥニエ(2万円くらい)を差し上げますよ 」
 しばらくすると、『ファレーズ領の西の外れにある宿屋の夫婦ではないか』という者が現れた。
 さらに別の者が、『トレノ村の酒場の夫婦だ』と言う。
 日がすっかり昇る頃には、『「ひなげし食堂」の夫婦、フィリップとジョアンではないか』と教える者もいた。
 三人の話は、みな同じ場所、同じ人物について語っていると判り、それぞれに20ドゥニエづつが支払われた。
 ゴルティエは興奮していた。
「み‥ 見つかった‥! ファレーズ領地の西の外れにあるトレノ村の『ひなげし食堂』‥ そこの主人と妻、フィリップとジョアン―――って事でいいですよね!? これで確定ですよね! 」
 詰め寄るゴルティエに、頼純は苦笑いを浮かべながらも
「まぁ‥ 証言者はまだ三人だから、確定とまでは言えネーだろうが‥ ほぼ間違いねェ! 」
 その言葉に、『カラス団(コルブー)』から歓声が上がった。
「やったぞ! 」
「俺達が見つけた! 」
「まさか、本当に犯人が見つかるとは―――! 」
「大変だったけど‥ やっと見つかった 」
「すごい‥ 俺達だけで犯人を捜したんだ 」
 一同は感動していた。
 頼純も彼らの働きに満足していたが、うかれる不良青少年達にちょっと釘を刺した。
「おいおい‥ 喜ぶのは、まだ早ェぞ! 事件は終わっちゃいネーんだ! 子供達は助け出されていネーんだからな。 喜びすぎだっちゅーの! 」
「でも‥ そのあとの救出は、伯爵様の兵隊達とか、街の人達がやってくれるんじゃ―――? 」
 ゴルティエの問いに頼純は首を横に振った。
「いや‥ 情報を確認するためにも、俺達は今からその『トレノ村』に行く。 行方不明者の親兄弟や、街の有志による捜索隊じゃ、いまから準備をさせても出発が明日の朝になってしまう。 ましてや、兵士を動かすとなるともっと時間が掛かるだろう。 それじゃ、遅いんだ! 」
「け‥ けどォ――― 」
 不良達はちょっと不安げな顔になった。
 そんな『カラス団(コルブー)』を頼純が叱咤(しった)する
「―――っていうか‥ オメーらがここまで頑張って、やっと犯人を見つけたッてーのに、一番おいしいトコを伯爵に差し出すのかい。 どうせなら、手柄(てがら)は全部自分達でいただかなきゃ 」
「え!? 救出も俺達でやるんですか‥‥? 」
「そ‥ それはちょっと――― 」
 頼純は自信満々に胸を叩いた。
「ナニ言ってんだい! オメーらにゃ、この『竜殺し』のヨリ様がついてんだぞ! ドーンと大船に乗ったつもりでいりゃいいんだよ! 」
 頼純の言葉に自信を持った『カラス団(コルブー)』の不良青少年達は目を輝かせた。
は‥ はい(ウィ ムシュー) 」