第48話 1026年 トレノ村・ひなげし食堂(4)

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 1026年 トレノ村・ひなげし食堂(4)


四人の騎士達は、まだ藪(やぶ)の中を探していた。『カラス団(コルブー)』全員を捕まえようとしているのだ。
「イツッ! 」
 騎士の一人が声を上げた。
 藪(やぶ)の中に隠れていたプチ・レイが、ナイフで彼の足に斬りつけたのだ。騎士の太股(ふともも)はざっくりと切れていた。
死ねッッ! 」
 プチ・レイはそう言い放つと、体勢を崩した騎士にとどめを刺そうと襲いかかった。
 だが、彼はあっさりと蹴り倒されてしまう。
 斬られた痛みに怒りを爆発させた騎士は、プチ・レイめがけて剣を大きく振り上げた。
こォのォ野郎ォォォ‥! 」
 一人ぐらい殺しても、他の者で尋問はできる。むしろ、見せしめに丁度いい―――騎士はそう思ったのだ。
 見下ろす騎士の目に殺意を感じとったプチ・レイは、死を覚悟し、目を閉じた。
「ああ‥ ピエール、ごめんよ‥ 」
 その時、騎士の振り上げた剣が手首もろとも地面に落ちた。
 彼が激痛に悲鳴を上げる頃には、隣の騎士が足を斬られてひっくり返っている。
ギャアアア‼ 」
ヒガァ―――ア‼ 」
 二人の叫び声にギョッとして振り返った騎士の左手が、掲(かか)げたマントごと斬り裂かれた。
グバッ! 」

 闇の中で、騎士達の叫び声だけが響いている。
 店の前に残っていた客達はみな、その悲鳴に驚き、戸惑っていた。
 グラン・レイ達も何が起きているのか判らない。
 その時、月明かりに照らし出され、素早く動く男の姿が見えた―――頼純である。
「ゆ‥ 勇者様‥! 」
 頼純の太刀が月光を反射し、いくつもの大きな弧を描きだした。
「ああああ‥ す‥ すごい‥ 」
 グラン・レイは闇夜にきらめく、美しい光跡(こうせき)に感動していた。

 『カラス団(コルブー)』を見張っていた3人の騎士も、悲鳴が聞こえた方へと走って行った。
 やがて、その方向から叫び声がふたたび聞こえてくる。
ギャン‥ ギャギャン! 」
ウガゴ! 」
ブバッ! 」

 騎士達は手足をスッパリと切断されていた。しかし、誰もがみな、その切断面から大量の血が噴き出すまで、欠損した事にさえ気づかないのだ。それは、騎士達の持つ剣とはまったく次元の違う切れ味だった。
ヒィ‥ ヒィヒィ、ヒィィィィィイ‥ 」
痛い痛い痛い‥ 」
ち‥ 血が‥ 血が止まらない‥! 」
た‥ 助けてくれェェ‥ 」
 絶叫を上げ続ける7人の騎士達は、地面に転がって悶え苦しんでいた。

 店の入り口に立っていた店主のフィリップやジョアンには、暗い中で何が起こっているのかよく理解できなかった。ただその悲鳴が、チンピラどもの仲間の声でない事はすぐに判った。
「な‥ なんだ? どうした!? 」
「どうなってるんだ? 何が起こっている? 」
「ま‥ まさか、伯爵達がやられたのでは? 」
 残された老貴族や富豪達は混乱していた。
 その時、それまで彼らの足元に坐らされていたグラン・レイら8人の『カラス団(コルブー)』が立ち上がった。
 貴族や富豪、売春婦達は、彼らを振り返ってギョッとした。
 老貴族達の中で剣を持っていた3人がそれを抜き、身構えた。だが、その手はブルブルと震えている。
「す‥ 坐れ! さ‥ さもないと、斬るぞ‥! 」
 だが、若く逞(たくま)しい『カラス団(コルブー)』達に、もはや怯(おび)えはなかった。
貴様達こそ、剣を捨てて、跪(ひざまず)くんだ! じゃネーと、殴り殺すぞ! 」
 グラン・レイが雷鳴のような声を上げた。
 三人の老貴族達は、どうしてよいのか判らず、互いに顔を見合わすばかりだった。
 そこへ、太刀を肩に担(かつ)いだ頼純がサミーラとともにやって来た。
よう‥ 鬼畜ども! この藤原頼純様がテメーらを退治しに来てやったぜ♡ 」
「き‥ 貴様は――― 」
 フィリップは絶句した。彼がここにいるという事は、無敵であるハズの『盲目のギー』がやられたという事だ。
 さらに、彼の後ろには、手足を失って悲鳴を上げる騎士を二人掛かりで引きずってくる不良達の姿も見える。
 フィリップは、自分達に勝ち目がない事を悟った。
「も‥ もう‥ ダメだ‥! 」
 観念した老貴族達もあっさりと剣を捨てた。
 彼らの立場は完全に逆転してしまったのだ。

     ×  ×  ×  ×  ×

 フィリップ夫婦や客達は全員、後ろ手に縛られて、坐らされていた。
 手足を斬られた7人の騎士達は、いまだ悲鳴や呻(うめ)き声を上げている。
 彼らは出血多量ですぐ死なないように、欠損部分を縄で縛り、止血されていた。
 さらに周囲の安全を確認すると、プチ・レイが店内から調理場へと向かい、捕らえられていた少年達と彼らを守っていたゴルティエを連れてきた。
 牢の中にいた生き残りの子供達は、わずか16人しかいなかった。
 この1年で200人以上の少年が誘拐され、そのほとんどが彼らの胃袋に納められたという事である。
 そして、なんとかこの地獄を生きのびる事ができた少年達も、心に深い深い傷を負っていた。
 サミーラは一人一人を抱き寄せ、安心させる言葉を耳元で囁(ささや)きかけた。
「もう、大丈夫だからね‥ 」
「アナタは助かったの。 だから、安心していいのよ 」
「怖かったね‥ ひどいコトされたよねェ‥ でも、悪い事はすべて終わったから! 」
 しかし、ほとんどの少年はそれに反応せず、ただジッとしていた。いまだに言葉が出ないようである。
 その目は虚(うつ)ろで、何も見てはいなかった。
 それも当然の事であろう。
 目の前で仲間がバラバラにされ、調理されていく様(さま)を毎日目撃し、いつ自分が喰われる番になるのかとビクビク脅えて暮らしていたのだ。まともな精神状態でいられるハズがなかった。
 心の傷が癒(い)え、普通の生活に戻るには、かなりの時間が掛かると思われた―――いや、もはや元に戻る事はないのかもしれなかった。
 少年達は心に大きな暗黒を抱え込んでしまったのである。
 そしてその闇が、今度は彼ら自身を狂わせていく可能性もあった。それが、10年、20年後にどのような結果をもたらすのか―――誰も想像がつかなかった。
 せめてもの救いは、プチ・レイの弟、ピエールが生きていた事ぐらいであろうか。

 一方、捕らえられた貴族や富豪達は、それでもこの場を何とか逃げられるだろうと、たかをくくっていた。
「金は払ってやる。 だから、何も見なかった事にしろ 」
「いくらだ? 好きなだけ払ってやるぞ 」
「貧乏人どもめ! お前らだって金が欲しいんだろう? 」
「馬鹿な考えはよせ。 我々の力があれば、反対にお前らを罪人にする事だってできるんだぞ 」
 だが、頼純も『カラス団(コルブー)』もその言葉にまったく耳を貸さなかった。
 
 ゴルティエはいまだ緊張が解けてないようだった。彼は身を守るために、台所で入手した二本の包丁を握り締めたままである。
 頼純は、そんなゴルティエの緊張を解(ほぐ)すかのように彼の肩を叩くと、ゆっくりとした口調で命じた。
「コイツらの処分はお前達に任せる 」
「あ‥ はい‥ え? いや‥ な‥ なんですって‥‥? 」
「おい、しっかりしろよ! この悪魔どもの処罰をお前達に任せるって言ってるんだ。 お前の好きなようにしろ! 」
え~~~え‼ 」
 眉を少し顰(しか)めただけで、依然(いぜん)ぼんやりとした顔のゴルティエに代わって、『カラス団(コルブー)』達が驚きの声を上げた。
 縄を掛けられたフィリップ夫婦や客達も、頼純の言葉の意味が判らず、困惑していた。
 頼純はフィリップのエプロンで太刀に着いた血を拭(ふ)き取りながら、ゴルティエに説明した。
「コイツら全員を連れてファレーズへ戻り、ロベール伯爵に引き渡すのもいいだろう。 コイツらは裁判に掛けられ、おそらく死刑になるハズだ 」
「‥‥‥ 」
「あるいは‥ この場で殺してもかまわない。 コイツらは身なりからして、金持ちや貴族だ。 もしかすると、あの手この手を使って、罪を免(まぬが)れるかもしれネーからな 」
 ゴルティエはしばし考えて、頼純に尋ねた。
「け‥ けど‥ なぜ、アナタ自身でその処罰をしないんですか‥? 」
 頼純はその問いに苦笑いで答えた。
「俺はしょせんよそ者だ。 ノルマンディー公国がどうなろうと、ファレーズがどうなろうと関係はない。 だが、お前らは違うだろう。 ここは、お前らの生きる国であり故郷だ。 殺された多くの子供達が、お前らの知り合いや、同じ町、同じ村の顔なじみだろう。 だから、お前らが代表して、コイツらを裁(さば)くんだ 」
「―――はあ‥! 」
 ゴルティエは曖昧(あいまい)な返事を返した。
 そんなリーダーに代わって、グラン・レイが口を挟(はさ)んでくる。
「け‥ けど‥ だからといって、そんな重大な判断を―――俺達みてェな者がしてもいいんですか? 何の権限で、そんな事が許されるんです? 」
「この俺様の権限だよ! 」
「え!? 」
「―――って言うか、権限なんて関係ネーんだよ! コイツらは、罪なき子供達を何人も殺して喰ったんだぞ! 人間が絶対にやっちゃいけない大罪を犯したんだ。 お前らが信じてる『神』さんだって、コイツらを許しちゃくれネーだろうぜ。 だったら、誰が裁(さば)いたって同じ事さ 」
 だが、グラン・レイはなおも尋(たず)ねた。
「しかし、俺達ゃまだ、二十歳そこそこの若輩者(じゃくはいもん)ですよ。 町の人達から疎(うと)まれてるチンピラなんです。 なのに――― 」
「ぜんッぜん、かまわねェ! お前らが好きなように判断して、好きなように処分するんだ 」
 頼純は彼らが『どういう判断をするのか? 』、『ここでどういう裁きを彼らに与えるのか? 』―――それが知りたかったのだ。
 その時、ゴルティエの目に光が戻った。
「わかりました‥! 」
 やっといつもの彼に戻ったように見えた。
 ゴルティエは冷徹な瞳で頼純を見詰めた。
「ただし、お引き受けした以上‥ いっさいの口出しはご無用に願います!」
 頼純は静かに頷(うなず)いた。
「いいだろう‥ 俺は黙って見てるから‥! 」

     ×  ×  ×  ×  ×

 ゴルティエはどう処分したらいいのかを思案しながら、フィリップ夫婦や客達の周囲をグルグルと歩き回った。
 やがて何かを思いついたのか、フィリップの後ろで立ち止まると、そのまま腰を落とした。
 フィリップは背後にいるゴルティエへと顔を向け、必死に命乞いをした。
「た‥ 頼む‥ 助けてくれ! 何でもするから。 金だって全部やる。 客からもらった代金はすべて取ってあるんだ。 ウチの料理は特別だからな‥ 一品一品が高額だ。 だから、全部あわせると農場が買えるほどあるんだ――― 」
 しかしゴルティエはそれには答えず、縄で手首をガッチリ縛られたフィリップの右手を掴(つか)むと、その人差し指を握(にぎ)った。
「お前はたくさんの子供を殺した。 しかも、その死体を材料にして料理を作り、この狂った悪魔どもに喰わせたんだ。 それが、そんなはした金で許されると思うか!? 」
 ゴルティエは、手にした包丁でその人差し指をあっさりと切り取った。
ギャ―――ア‼ 」
 絶叫を上げるフィリップの口にその血まみれの指を放り込む。
「喰え‥! 」
 フィリップは人差し指を吐き出すと、涙を流しながら首を横に振った。
 ゴルティエはさらに中指も切り落とし、フィリップの口に押し込んだ。
「喰えよ。 人間は美味(うま)いんだろう? 喰えって! 」
 続いて、左の人差し指も切り落とした。
「お前が喰うまで、指を切り落とし続けてやる。 両手の指がなくなったら、今度は足の指を全部切り落とす。 次に耳、次に鼻、次は目だ。 喰うまで続けるぞ 」
 震え上がったフィリップは、脂汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、あまりの痛みに耐えきれなくなり、ついに口を動かし始めた。
 バキボキ、ゴリゴリという嫌な音があたりに響く。
「ちゃんと飲み込めよ 」
 ゴルティエの容赦(ようしゃ)ない言葉が投げかけられる。
「口を開けろ。 本当に呑(の)み込んだか、確認する 」
 ゴルティエが命じると、涙まみれのフィリップが口を開く。中は空っぽだった。確かに飲み込んだようである。

 客の貴族や富豪達は、その光景を息を呑んで見詰めていた。
 ―――次は自分達の番である。どうすればその厳しい処罰から免(まぬが)れられるのか―――縛られた全員が必死になって考えていた。
 そんな彼らの傍らで、頼純もゴルティエのやり方をジッと観察していた。
 そしてゴルティエの中に、罪人をあっさりとは殺してやらず、徹底的に容赦なく痛めつける『厳しさ』と『残忍さ』が存在する事を確認した。
 ただその一方で、この悪魔達に厳しい処罰が下される事は当然であるとも思っていた。