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 1026年 ファレーズ城・広間 


「つ‥ つまり‥ 人捜しですか‥? 」
 ロベール伯爵は訝(いぶか)しげな顔で尋(たず)ねた。
「兵士や家臣など‥ 多くの人員を使って、その子の捜索(そうさく)をしてほしいと―――? 」
 しゃがみ込んだゴルティエは、顔を上げずに答えた。
「さようでございます 」
 しばし考え込んだロベールは、ゴルティエにさらに問い掛けた。
「その行方不明になった子供が、親兄弟と喧嘩(けんか)して、家出をしたという可能性はありませんか? 」
 ゴルティエは、上目遣(うわめづか)いでチラリとロベールを窺(うかが)った。
「わたくしの友人、レイモンの弟・ピエールはまだ7歳でごさいます。 叱(しか)られたぐらいで家出するとはとても思えません 」
「う~~~む‥ 」
 ロベールはふたたび考え込むフリをした。正直言って、子供がいなくなる事など日常茶飯事の出来事なのだ。
 にもかかわらず、エルレヴァの知人だけを特別に捜査するというのは少々気が引けた。不公平のような気がしたのだ。
 ゴルティエはロベールの様子から、彼にその気がない事を察(さっ)したが、それでもさらに粘(ねば)った。
「伯爵様‥ このところ、このファレーズのみならず、周辺の村々でも多くの子供が行方不明となっております。 その数はすでに百人を越えておるとか‥‥ どうか、これを機に彼ら全員の捜索(そうさく)をお願いしたいのです 」
 領主は、領地内の政治のみならず、裁判権、警察権、軍事権、徴税権など、あらゆる行政が任(まか)されていた。
 当然、このような場合は、警察権を司(つかさど)る者として、失踪者(しっそうしゃ)の捜索(そうさく)をせねばならないはずである。
 だが、迷子を捜すくらいの事で、農業改革に忙しいこの時期、自分や自分の部下達を動員する事は気が進まなかった。ロベールが不公平だと思ったのも、それを面倒臭いと思う自分に対して、言い訳しているにすぎなかった。
「ゴメン! いまは、ちょっと人手が足りないんだ。 来月になったら、かならずその子を捜してあげるから‥ それまでは待っててよ! 」
 素直に断(ことわ)ったロベールに、エルレヴァは眉を顰(ひそ)めた。
「伯爵様は、その子が来月まで生きているとお思いですか? 」
「い‥ いや‥ それは――― 」
 口ごもるロベールに、彼女はさらに
「人々を豊かにする事も大切でしょう。 しかし、もっと大切な事は、彼らが安心して暮らせる社会を作る事なのではないのでしょうか? 」

 そこへ、頼純とティボーが台帳を抱えて入ってきた。
 頼純は住民台帳の作成方法について、ティボーに説明していた。 そして、二人はエルレヴァ達の話を小耳に挟(はさ)んだのだ。
「あらあら‥ 城の者達がちょっと笑顔で迎入(むかえい)れたら、もうお妃(きさき)気取りですか‥? なめし革職人の娘ごときが、政治にあれこれと口を出すとは―――ずいぶんとお偉くなられたものですなァ 」
 ティボーは意地悪げな顔でエルレヴァを皮肉った。
 彼はいつも、堂々と城に訪(おとず)れる彼女を忌々(いまいま)しく思っていた。
 だが、前回のようにロベールから怒られる事を恐(おそ)れて、文句を言う事は控(ひか)えていたのだ。
 さらに、彼自身もこのところ、農民の数を確認したり、農地の測量などを任(まか)されていて、いちいちエルレヴァにイヤミを言っているほどヒマでもなかったのである。
 だが今日は違った。今日こそは言わせてもらうぞ―――と、ティボーは意気(いき)込(ご)んでいた。
 そんなティボーに、エルレヴァはドレスの裾(すそ)を摘(つ)まむと、深々と頭(こうべ)を垂れた。
「とんでもございません。 けっして、伯爵様のお仕事に口を挟(はさ)むつもりなどございません。 ですが、どうか一領民の願いとして、お聞き入れいただきたいのです 」
 ティボーがさらに何かを言おうと口を開いた時、頼純がさらりと二人の間に入った。
「俺は、エルレヴァさんの言う事も間違っちゃいないと思うゼ! 」
 頼純がエルレヴァをかばったのは、かつて誤解から彼女の悪口を言ってしまった罪滅ぼしだったのだろう。

「古代中国の偉人・孔子(こうし)はこう言っている―――己(おのれ)、達(たっ)せんと欲して、人を達(たっ)せしむ―――ってな! つまり、何かを行おうとする者は、他人がしようとする事も区別せずに手伝いなさい―――てェ意味だ。 そしていまココに、困っている人がいるんだゼ‥! 」
 そう言われたロベールは、領主として捜索(そうさく)をしなければならない事も十分に判っており、ゴルティエの申し出を了解する事にした。
「判った! じゃあ、捜索隊を作る事にするよ 」
 だが、それを頼純がとめたのだ。
「まあ、待ちなって。 そいつは俺が行くよ! もう、ヒマでヒマで‥ どうにかなりそうなんだ。 それに、俺が指揮して、捜索(そうさく)は農民達にさせりゃ、兵士も必要ない。 今は農閑期(のうかんき)だから、人手ならいくらでもあるだろう 」
「だったら、あたしも! 」
 そう名乗りを上げたのは、いつの間にか登場したサミーラだった。彼女は片言(かたこと)のフランス語で宣言した。
「アタシにだって、お手伝いできる事はあると思います 」
え~~~え! 」
 突如(とつじょ)現れたサミーラに、頼純は大きな声を上げた。 しかしそれは、驚いたというよりも、いやがっている声だった。

     ×  ×  ×  ×  ×

 頼純とサミーラはエルレヴァとゴルティエ姉弟と共に町へとむかった。
 サミーラとエルレヴァは気が合うらしく、片言(かたこと)のフランス語と身振り手振りで話をし、笑いあっていた。片言(かたこと)といっても、発音がおかしいとか、単語が分からないという程度で、日常会話なら十分に通じた。頼純ほど完璧ではないが、生活で不自由する事はないのだ。
 しばらく進むと、お腹(なか)の子を心配したフルベール家の女中が迎えに来ており、エルレヴァは手を引かれてそのまま自宅へと戻っていった。

 頼純達三人は教会前の広場へと向かっていく。そこに、消えた少年の兄レイモンが待っているというのだ。
「いや~~~あ‥ まさか、あの『竜殺し』のヨリさんとご一緒できるなんて‥ ホント、光栄ッスよ! 」
 ゴルティエは街を下りていく間、頼純におべんちゃらを言い続けた。
 姉同様に、ほっそりとした体と美しい顔を持った彼は、女に見間違えるほどの外見だった。
 頭も良いのだろう。次から次へと言葉が出て来る。
 歳は21歳と聞いていた。だとすれば、立派な大人の男であるが、その顔はあどけなく、少年のような危(あや)うさも感じる。
 洋の東西を問わず、女はそういう男に弱い。おそらくこの青年は、この街の多くの娘達を食い物にしているはずだ。
 そして、愛想(あいそ)のよい彼の瞳の奥に『残忍さ』が隠れている事も、頼純は見逃さなかった。この青年に背中を見せるのはまずい―――いつ刺されるかわからない殺気さえ感じるのだ。

 閑散(かんさん)とした教会前の広場には、5ピエ(約1.5メートル)ほどの高さを持つやぐらがあった。処刑台である。
 死刑の宣告を受けた者は、見物人の大歓声の中、このやぐらに引きずり出され、死刑執行人(ブロー)の斧(おの)によって首を刎(は)ねられるのである。
 その血が染(し)み込んだ処刑台のやぐらに、数人の少年達が腰掛け、足をブラブラさせていた。彼らはみな、ゴルティエと同じく真っ黒な格好をしていた。ファレーズの不良青少年団―――『カラス団(コルブー)』である。

 ゴルティエが近づくと、彼らは処刑台から飛び降りた。
 『カラス団(コルブー)』は全部で12人いた。みな目つきが鋭く、暴力的な風貌(ふうぼう)をしている。それぞれの腰にはナイフまで差していた。
 ゴルティエは、彼らの中でもっとも背の低い少年を頼純に紹介した。
「コイツです! 名前をレイモンっていうんですけど‥ コイツの弟が消えたんです! 」
「へェ~~~え‥ 」
 頼純は一瞬、レイモンに目をやったが、すぐに他の青少年らを観察しはじめた。
「そんで‥ コイツらがお前の子分かい!? 」
 頼純の前に居並んだチンピラ達の顔を一人一人覗(のぞ)き込んでいった。
「どいつもこいつも、ガラの悪い人相してやがんなぁ‥ 」
 頼純は挑発的な微笑(えみ)で彼らに挨拶(あいさつ)をした。
「おい、ゴロツキども‥ 怪我(けが)をしたくなかったら、俺の言う事を聞くんだぞ。 決して逆らうな! 」
 その高圧的な態度に『カラス団(コルブー)』達はムッとした。
 そんな彼らを頼純が怒鳴り上げた。
おいッ! わかってんのか!? 」
 頼純の大きな声にサミーラは驚いた。そして、またいつものように、彼が何かを仕掛けようとしている事を悟った。
 そんな頼純から仲間を守るように、ゴルティエが愛想(あいそ)笑いで割って入った。
「もちろんですよ。 俺達がヨリさんに逆らうワケないじゃないですか!  な、みんな!?  」
 ゴルティエに促(うなが)されて、『カラス団(コルブー)』の面々は渋々頷(うなず)いた。
 だがその時、列の中から一際(ひときわ)体の大きな青年が進み出た。
「俺はヤダね! リーダーのゴルティエの命令なら従うけど、何でアンタの言う事を聞かなきゃならネーんだよ? 俺達ゃ、アンタの子分になるつもりはネーぞ! 」
 不良青少年達は全員、ウンウンと首を縦(たて)に振った。
 頼純はニコニコとした笑顔でその青年を指差した。
「お―――お‥ いいねいいね。 元気があっていいね。 若者はそうこなくっちゃ! 」
 しかし、頼純の目はまったく笑っていなかった。
 その事に気づいたゴルティエが執(と)り成(な)そうとする。
「まぁまぁ‥ コイツらは何も判っちゃいないんですから‥ あんまり本気にしないでくださいよ♡ 」
「コイツの名前は? 」
「レイモンです! 」
 頼純は『え!?』という顔で、先ほどの背の低い少年と背の高い青年を交互に眺めた。
「あれ!? コイツはレイモンだったろ!? それで、コッチもレイモンかい?」
 ゴルティエは苦笑いでそれに答えた。
「ええ‥ 面倒くさいんですが、二人とも同じ名前です 」
「なるほど‥ 大(グラン)レイと小(プチ)レイか。 おもしろい 」
グラン・レイだとォ‥!? 」
 大きなレイモンが、怒気(どき)を孕(はら)んだ顔で頼純の前に立ちふさがった。
「『竜殺し』だかなんだか知らネーけどよォ‥ 素手(すで)の勝負だったら、俺はアンタにだって負けねぇぜ! 」
 そう言いながら、大きなレイモンは頼純の胸を、人差し指で何度も突っついた。
句があんならちゃ‥ この野郎ォ‥! 」
「おい、やめろって! 」
 ゴルティエがレイモンを止めようとするが、頼純はそんな事お構いなしで、腰の紐(ひも)を解き、太刀(たち)を外(はず)した。
「お―――お‥ 若いだけあって、威勢(いせい)だけはイーじゃネーか! 」
「ちょ‥ ちょっと、ヨリ様‥ 」
 戸惑うサミーラに太刀(たち)を渡した頼純は、やる気満々でボキボキと指を鳴らした。その顔はごちそうを前にしたかのように嬉しそうである。少々大人げない態度にさえ感じられた。
「だったら‥ その『竜殺し』様が、テメーの相手になってやるよ 」
 ゴルティエは、二人の諍(いさか)いにげんなりした顔を作った。しかし、その目は期待に輝いている。ほかの『カラス団』達も同じ目をしていた。
 頼純が大きなレイモンに手招(まね)きした。
「ホレ、どうした? さっさと掛かってこい 」
 次の瞬間、レイモンが頼純に殴り掛かった。コンパクトだが、鋭く重いストレートである。
 その太い拳(こぶし)が、彼よりもずっと小柄な頼純の顔面に叩き込まれる。
 カラス団(コルブー)の少年達はみな、頼純が鼻血を出しながら後ろに吹き飛ぶものだと確信していた。
 しかしどうした事か、殴り掛かったレイモンの方が宙を舞っていた。
 頼純に投げられた彼は、大きく一回転して地面に落下していく。
グアッ‼ 」
 呻(うめ)き声を上げて、レイモンは背中からぬかるんだ地面に叩き付けられる。
 頼純は鼻血どころか、かすり傷ひとつ受けていない。
 その場の全員が何が起こったのか判らなかった。
 頼純は、受け身が取れず呼吸困難に陥(おちい)っているレイモンを残忍な目で見下ろしている。
ほれッ、立ち上がれ! 立って、掛かってくるんだよ! さっさとしろ! 」
「ク‥ クソォ‥! 」
 大きなレイモンは痛みをこらえて必死に立ち上がると、やけくそ気味に頼純へと一気に駆け寄った。
 今度は、頼純の左頬(ほお)めがけて大振りの右フックを繰(く)り出す。
 だが、頼純は上体を仰(の)け反(ぞ)らせてその拳(こぶし)を躱(かわ)すと、右腕を掴(つか)み、重心が掛かった彼の足を払った。
 レイモンは「ギャン」と声を上げて、ふたたび地面にひっくり返った。
 頼純は彼の胸倉を掴(つか)んで、無理やり起き上がらせる。
立て‼ 」
 足をもたつかせながらやっと立ち上がったレイモンを、頼純は背中に背負(しょ)うようにして再び投げ飛ばす。
 レイモンは大きな弧(こ)を描(えが)いて、三度目の地面に叩き付けられた。
 後頭部をしたたかに打ちつけた彼は意識が朦朧(もうろう)としている。
 頼純はレイモンの腹に馬乗りになると、その顔面に拳(こぶし)を打ち込む。
「ヒッ! 」
 全員が息を呑(の)んだ。誰もがグランレイの鼻は潰れたと思った。
 だがその拳(こぶし)は、牛皮一枚ほどの厚みをあけて、寸止めされていた。
 レイモンは大きく目を開き、頼純の拳を見詰めるばかり。冷や汗にまみれ、息をする事さえ忘れている。
 その時、パチパチパチとワザとらしい拍手の音が広場に響いた。
「いや~~~あ‥ お見事、お見事! さすがです 」
 それは、にこやかな顔で近づいてくるゴルティエの拍手だった。
「あの『竜殺し』のヨリさんに勝てるワケがないのに‥ まったく、レイモンも馬鹿な奴だ。 けれど、ヨリさんももうこのくらいで勘弁してやってください。 お願いします 」
 頼純は立ち上がると着物の乱れを直し、それから皮肉タップリの笑顔でゴルティエを振り返った。
「ナニ言ってんだよ? これは、お前がグラン・レイをそそのかしてやらせたんだろうが‥!? 」
「え!? 」
「しらばっくれてんじゃネーよ。 この俺を試(ため)そうとしたんだろう!? 」
「いやいや‥ それは誤解ですよ。 ヨリさんを試(ため)そうだなんて、滅相(めっそう)もない 」
「どうだかな? コイツはお前の命令しか聞かないって言ってたぞ。 だったら、何でお前の制止を振り切ったんだ? 逆に言えば‥ お前の命令がない限り、この俺に殴り掛かるハズがネーだろうが! 」
 サミーラはすべてを納得した。頼純がこの大きな若者を痛めつけたのは、ゴルティエを警戒しての事なのだ。
 自分に対して、怪しげな行動をするな―――という警告だった。
 頼純の実力を知るサミーラは、彼が十分に手加減してレイモンを投げていた事を知っていた。頼純が本気を出せば、この青年を殺す事など、素手でさえも容易(たやす)かったからである。
 しかし、本当にこれがゴルティエの仕組んだものだとしたら、彼らはいつそのような打ち合わせをしたのだろうか。
 頼純が捜索(そうさく)を手伝うと決まったのは先ほどである。ゴルティエが頼純を『カラス団』に紹介してから、彼らとそのような会話をするヒマはなかったはず。
 もしも、言葉を使わず、目配せだけでこのような計画を遂行(すいこう)したのだとしたら、彼らの繋(つな)がりの深さと連携はかなりのものである。

「いやいやいや‥ 違いますよ、本当に! 誤解ですって! 」
 ゴルティエはこの期(ご)に及(およ)んでもそれを否定した。
 もはや、正直に告白しても笑って済まされるであろうに、いまだに否認する意味が頼純には分からなかった。
 ただ、彼が平気な顔をしてウソをつく人間である事はハッキリとした。
 このゴルティエという若者は、なかなかにやっかいな人物である。
「まあ、いいや‥ 」
 これ以上追求する事が面倒くさくなった頼純は話題を変えた。
「で‥ 親分さんはこれからどうするつもりだい? どうやって、子供達を捜す? 」
「まあ、聞き込みから始めるのが順当ではないかと思いますが‥ 」
「まずは、人手集めだろう。 もっとたくさんの人間を集めて、しらみつぶしに探索しなきゃ! 子供の親や親戚、近所の住人とか、手伝ってくれる人はいくらでもいるだろう 」
「残念ながら、そうもいかないんです。 けっこうみんな忙しくって! それに、さらわれた子供達はほとんどが親のいない奴らばかりでして‥ 証拠さえ集まれば、街の人達も協力してくれるとは思うんですけど‥ 」
 頼純は驚きの声を上げた。
「じゃあ、当面は‥ 俺とお前とこのボンクラどもだけで捜(さが)さなきゃならネーのかよ!? そいつはちょっと厳(きび)しいなぁ‥ 」
 頼純の圧倒的強さを知った少年達は、その言葉にも愛想(あいそ)笑いで頭を下げるばかりであった。